2011/09/15

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2011/09/12

この家はむかし

この家は昔、大正末期から昭和初期に建てられたものだ。
東京で小さな会社を経営する人物が、ここに住む親戚から土地の一部を譲り受け
別荘として、この小さな家を建てたのだという。

一宮という土地はかつて「東の大磯」と称され、
明治後期から昭和の初期にかけて、各界名士の別荘が数多くあったらしい。
政界財界のお歴々が競って別荘を作り、そんな場所に惹かれるように
漱石、芥川などの文人らも集まってくる。
また有名人たちにあやかろうと一般の人も多く夏の観光に訪れる。
東京からそれほど離れていないわりには、
おいしい空気と、青松白砂がひろがる風光明媚な海岸。
それに何より、のんびりとした土地柄が当時の人々を惹き付け、
ちょっとした文化的なリゾート地として知られていたのだという。

さてそんな時代、一宮といってもその一番南の端っこ、
別荘地エリアからは遠く離れた、やや内陸よりの場所にこの家は建てられた。
(当時は一宮ではなく隣の東浪見村)

それでも海まで半里、散歩で2、30分とほど近く、
長閑な田園風景を見下ろす高台となっていて、
裏に控えた竹林からは夏でも涼しい風が吹き抜け、
多少は別荘としての立地条件はあったのではないかと思われる。
また、都市部や分譲地では珍しくもないが、
土地がふんだんにあった当時にしては珍しい「旗竿型の敷地」、
つまり往来から一本私道を入って行った先に広がるこの土地の形状は、
狭いながらも完全なるプライベート空間が保たれていて、
これもその条件のひとつを満たしていたのではないかと思う。
一説によると件の社長は、ここにお妾さんを託っていたという話もあるが、
今となってはその真偽は分からない。
ただ、さもありなんと思わせる立地であり、
さもありなんと思わせるこの家の佇まいである。

玄関の三和土を上がった所が和室四畳半の応接間、押し入れを挟んでその裏に台所。
玄関からまっすぐ伸びる廊下から左に八畳と六畳の続きの居間。
その居間の周りを東南西にぐるりと回り廊下が取り囲んでいる。
南側の廊下は庭に面した縁側になっていて、
腰をかければ正面に趣向を凝らした庭を眺めることができる。
六畳の部屋には形通りに、床の間と違い棚が設えられ、
その間の聚落壁に開けられた「狆潜り」は松の意匠でくり抜かれている。
(ちんくぐり=床の間とその隣の床脇を仕切る壁に開けられた明かり取りの抜け穴)
この家では松の意匠が玄関戸の上の明かり取りにも使われていて、
このあたりの遊び心は、やはりこの家が実用本意のものではなく
別荘として建てられた所以であろう。

応接間と勝手の間には、狭くて急な階段があり、
それを使ってひと間だけの二階へと上る。
部屋は六畳の洋室になっており、正面の壁には西洋風腰板が貼られている。
東と北の壁の中央に開けられたこれも洋風の縦長窓からは、
周りを囲む竹林を眼下に見下ろすことが出来て、風通しもすこぶる良い。
また、この六畳間の天井は、よく神社仏閣に見られるような、
四隅にアールを持つ折上格天井(おりあげごうてんじょう)になっていて
和洋折衷の美、なかなかの趣きを見せている。
これも実にこの家らしい所だ。

さてこの辺りが、この建坪二十一坪の小さな家の
オリジナルな原形といったところか。

その後、年月と共にこの家には様々な建て増しと補修が加えられ、
徐々にその形を変えていくことになる。
庭先に独立していた風呂場は、台所の横に増設された屋内に収まり、
廊下の西側には、窓を潰しあと一棟の居室が増築された。
玄関脇には電動シャッターを持つ車庫も設置された。

持ち主は施主の社長から、大戦前にある若い夫婦に引き継がれた。
不幸にもこの家を購入した新婚間もない主人は、
あまりここに住むこともなくなく戦争から帰らぬ人となった。
しかし未亡人はその後もこの家で主人の両親と暮らし、
忘れ形見である一人息子を育て上げたと言う。
その間に、先の改築がこの家に加えられていったものと思われる。
やがて両親は他界し、子供は独立していった。
そして長い間、未亡人の一人暮らしが続いた。
しかし、ついに老婦人は施設に居を移す事を決意、
七十年近く暮らしたこの家を手放すことにしたのだった。

さて、そんなこの家にばったりと出会ったのが我々夫婦である。
房総での暮らしを始める為にとりあえず賃貸物件を探していた我々は、
あまりにも望んだ物件がないので、がっくりと肩を落として帰る道すがら、
偶然、この家が売り出されているのを見つけたのだった。
地元の不動産屋によって売りに出されて、わずか二日目の事であった。

初めて見たこの家は、
外壁を安っぽい木目模様のブリキで被われていたり、
あきらかに土台が傾いでいて、そのせいであちこちの立て付けが悪かったり、
周りの樹木がうっそうと生い茂り、部屋がじんめりと薄暗かったり、
場当たり的な補修を重ねた為にちぐはぐな壁の色だったり、、、、
と、様々なネガティブな要素はあったものの、
それでも、この家の佇まいが醸し出す不思議な魅力はなんとも言えず、
つまり我々の目には、とてもチャーミングな家に映ったのだった。
若干は悩んだものの、次の日にはこの家で暮らす事を我々は決意していた。

さて、そんなこんなでこの家に住み始めて一年半が経つ。

我々は変に補修された部分を、なるべくこの家本来の形にもどしたり、
それとは逆に大幅に現代的にリフォームしたりと
自分たちの使いやすいように変えていった。

たまに庭先に出て、この家を眺めてみる。
外壁を塗り直したいなあ、、、
広いデッキを作りたいなあ、、、
あそこの庭木は整理した方がいいな、、、
といったああしたい、こうしたいが、湯水のように湧いてくる。

家人には本当に申し訳ないが、元来行き当たりばったりの性格であるからして、
この家で、この先いつまで暮らすかなど、正確なところは分からない。
ここに骨を埋める覚悟みたいなものも、正直なところ毛頭ない。
それでも、ここしばらくは、
この家をちょこちょこといじりながら、
暮らしていこうかな、などと今更ながら思っている。