2012/12/01

線が走っている

偶然なのか必然なのか、
ここの所立て続けに、80年代テイストの作品を求められるというお仕事が舞い込んだ。
どこからどう頼まれたかって言うのが、これがなかなか面白い話なんだけど
これはまた、いずれ発表します。
お楽しみに。

でもって、その仕事の参考のために
当時の作品をバックアップHDDから引っ張り出してきたり、
まだデータ化していない作品を、文字通り物置から引っ張り出したりしてきた。

しばし眺める。
実に30年前の作品たちだ。
若いね、やっぱり。
線が走っているもんね。

そして思う。
走っているのは線だけではなく、
あの時代そのものが疾走感にあふれていた気がするなあ、、。

2012/11/06

鉛蜻蛉(なまりとんぼ)

イラテックサイト、トップページの絵を更新しました。
タイトルは「鉛蜻蛉(なまりとんぼ)」、、、見ての通りですね。
(トップページではもう少し大きく見えますので、どうぞご覧ください。左上のイラテックロゴをクリック)

先月、開催させていただいた久しぶりの展覧会「Technoicon2012」。
その展覧会のために、10点くらいの新作を制作したのですが、これはそんな中で、一応の最新作。

今回は新作として、わりときれいな花の絵を何点も描いたんだけれど、
そういうのをずっと描いてると、つい、こういうのを描きたくなってしまうんですね。
ま、Techno Not Dead 、テクノ魂死なず、とゆーことでひとつ。

ちなみに本作品は掛け軸っぽく、縦長の作品なのですが、
トップページ用にリサイズしてみました。

2012/11/05

鉄腕アトムはかく語りき

一昨日、11月3日は手塚治虫の誕生日。
それを機に手塚治虫公式サイトが、リニューアルオープンした。

でもって、今回も僕はアートディレクション、デザインを担当。
また、今回目玉のスペシャルページ「鉄腕アトムの七つのチカラ」では
企画から原稿、画像制作、デザインまでと、けっこーひとりで好きにキリモリさせてもらった。
(好きにやらせていただいた手塚プロに感謝)

まだまだ手塚治虫というと、知らない人はいない超有名な存在だけど、
でも、もうそろそろ「名前は知ってるけど、どんな作品があるんだっけ?」とか
「アトムって見た事あるけど、どんなマンガなの?」という
若い人達もカクジツに増えてきている筈。
そんな人達に、ぜひ見ていただきたいという思いで制作した楽しいミニコンテンツです。

内容は、手塚作品の代表格「鉄腕アトム」の基礎知識である
「七つの威力」をグラフィカルに紹介するというもので、
言ってみれば手塚作品への初心者入門ガイド。
もちろん、オールド手塚ファンにも、ゼヒ楽しんでいただければ、と思ってます。

それにしても、今回この特集を制作する為に
「鉄腕アトム」全巻を、時間をかけてじっくり読み直してみたんだけれど、
うーん、やっぱり面白いなあー。
とくに僕は初期の頃の、50年代テイストの絵柄が大好きで、
今更ながら、ものすごく影響を受けてるな、、、と再確認した次第。

また、いろんな雑誌にその発表の舞台を移しながらも、
50年代から70年代にかけて、20年以上も掲載を続けた作品だけに、
その時代、その時代の雰囲気、ムードが、作品の中に色濃く反映されているのが
今、読み返してみると、とても興味深かった。
それはそのまま僕自身の、少年期から青年期のはじめという多感な時期と、
ぴったり重なっているからでもある。

万能の科学と、明るい未来への期待で胸がいっぱいの50年代アトム。
(その名の通り、原子力に対してもとても無邪気だ)
この時代のものには、小ネタを含め、SFアイデアが
それこそ、ざっくざくと散りばめられていて、まさにアイデアの宝庫。

しばらくすると、敵対するロボットもどんどん強くなり
アトムはどんどん、ヒーローものとして確立してくる。
子供たちが手に汗にぎり、ロボット対決の結果を見守っていた時代。
TVではきっと怪獣ものとかが、華やかなりし頃だなきっと。

そして、公害や放射能の存在が人々をおびやかし、
万能の科学にもかげりがみえてきた70年代。
アトムの丸っこい線画にも、その頃台頭していた劇画テイストも見えたりして
反体制なムードもそこかしこに漂っていたりする。

シリーズの最後のつもりで描かれたのか、
1970年に発表された「アトムの最後」などは、これはもう絶望的に暗い。
アトムが活躍した未来世界の、そのまた後の世界が描いてあるのだが、
もう人間もダメダメなら、ロボットもダメダメ、、、、
ほんと実にため息が出てしまうほどの暗い未来像。
しかしそんな中でも、もう一度彼らを信じようとするアトムの存在は
暗い世界にさす一筋の希望の光そのものだ。

そして、あらためて思う。
科学の中から生まれた子、そんな科学に裏切られながらも希望を失わないアトム。
つまり、それでも手塚治虫は未来を信じていたのだと思う。
それがきっと、あの勇気と希望にあふれた
アトムのすっくとした立ち姿にあらわされているのだと思う。


さて余談ですが、去年制作したブラック・ジャックのスペシャルコンテンツも、
スマホやタブレットでも見れるようにと、ノーフラッシュ版で構成しなおし
バックナンバーとして公開しております。
これも、ごらんになっていない方はゼヒ。
TVアニメ「ブラック・ジャック」の脚本も手がけた小林弘利さんによる
ブラック・ジャックの永遠のライバル、キリコ目線の解説が秀逸です!

手塚治虫公式サイトへはこちら

2012/10/10

バリ額の話


バリ島芸術の中心地ウブド、
そこから南へ少しいった所にマス(Desa Mas)という村がある。
ここは木彫りの村としてよく知られていて、
エキゾチックなデザインとその繊細な細工で知られる
お馴染みのバリ木彫工芸品の数多くは
この村に工房を構える職人達の手によるものだという。

今回の展覧会に使うすべての額縁は
そのマスにある木彫額縁の専門店に於いて、
かれこれ15年ほど前、まとめてオーダーして作らせたものだ。

当時は、差し当たってそんな予定はなかったのだが、
「いつかこの額縁たちを使って展覧会をやってみたい」
というのが、漠然とはしていたものの、その動機であった。
しかし、なかなかその「いつか」は訪れる事はなく、
あっと言う間に15年という時間が経ってしまった。

その間、何度も転居を重ねたが、
何処へ行ってもこのバリ額たち(結構かさばる)は、
自宅や仕事場の物置のかたすみでじっと息をひそめ、
その「いつか」を待っていたのだった。

さて、今回の展覧会を企画していただいた
スターポエッツギャラリーの今村ひとみさんの進言もあり、
このバリ額たちが、やっと本来の役目を果たす事ができたようだ。
遅ればせながらも、ついに「いつか」が実現化したのだった。

きっと、バリ額たちも、ほっとしているのではないかと思う。
それに、なにより
額縁に収まることになった今回の絵の数々、
熟成した時間のせいか、
この額たちにしっくりくる絵になっているような気がするのだけれど、、、
それは作者だけの思い込みだろうか。


2012/10/02

中秋の名月 一日遅れ


今日はちょっと早くに目が覚めた。
夢の中でも現在制作中の絵の事が気になって起きてしまった訳だが、
午前2時すぎ、はたしてこれはもう早起きと呼べる範疇ではないかも。

外に目をやるとものすごい月明かりだ。
庭に出てぼんやり空を見上げ、
しばしルナティック気分を味わう。
さて、早速制作にかかろうと机につき
ヘッドフォンをかぶりiPodのシャッフル再生ボタンを押すと、
本日の一曲目はピンクフロイドの「マネー」(なぜか笑)。
おお、ダークサイド・オブ・ザ・ムーン!

奇妙な符丁に、再び青白い光に敷き詰められた庭を眺める。

さてと、制作。
いよいよ二週間後へとせまった展覧会、
はたして作品制作、間に合うかなあ、、、、。

ちなみに、この月が描かれた絵も展示しますよ。

2012/09/27

こんなのを描いている

来月の展覧会に向けてひたすら絵を描いている。
で、今はこんな絵を描いている。
うーん、これじゃ、なんだか分かりませんね。

気になる人は見に来てください。
「あー、この絵のこの部分だったのか!」と探し当てたりして
ちがった楽しみが味わえるかも知れません。
下の並んだタテ縞がポイント。
よろしく。


2012/09/22

本年の疾走


毎年この時期、神輿をかついで海辺を疾走する。
いわゆる秋祭りである。
この祭りに参加するのは三度目だが、色の黒いサーファーの若者たちに混じり、
重い神輿を支えながら砂浜を全力で走り、
そして神輿ごと波打ち際にじゃぶじゃぶと入っていくワイルドさは
実にこの祭りの醍醐味である。

もう一週間以上前の事になるが、
今年も、随分堪能させていただいた。

あけて翌日、東京で打ち合わせがありその帰り、戻りの電車に乗るための時間が足りなくて、
丸の内地下街を東京駅に向かって走ることとなった。
さて、その時はじめて足がパンパンになっていて、ぜんぜん走る事が出来ないのに気がついた。
前日の筋肉痛が強烈な痛みとなって私を襲う。

ああ、もうすぐ電車が出てしまう。
これに乗れなければ、外房線特急一時間待ちとなる。
なんとか乗らなければと焦る上半身の割には、
痛みに悲鳴をあげて、てんで付いて来ない下半身、、、。

ぎりぎりの所でなんとか、列車に滑り込む事ができたが、
いやはや、これこそが本年最大の疾走であった。
ま、まわりから見ると、ちょっと早足のC3POみたいだったろうけど、、、。


本日は隣町の大原のお祭り。
残念ながら天気はイマイチだけど、
この祭りも海を舞台にしたワイルドな祭りで、数多くの男たちが本年の疾走を繰り広げる。

2012/09/21

久しぶりに展覧会を開きます


「Technoicon2012」

この秋、ものすごく久しぶりに作品展を開催することになりました。
近年では2005年と2007年に、ギャラリーバーなどでの作品展示は行ってまいりましたが、
ギャラリーでの作品展という事になりますと、
1982年12月に原宿アットギャラリーで行った「地図と記号と森羅万象展」以来、
実に30年ぶりの個展開催ということになります。

私、奥平は30数年前にマンガ家、イラストレーターとしてデビュー、
その後、雑誌、レコードジャケットなどのアートディレクションに活動の場を拡げ、
1990年以後は主に、ゲームやCG、マルチメディア、WEBといった
いわゆるデジタルコンテンツのディレクションに携わって参りました。

しかし近年は、本来の仕事である「絵の制作」に戻ろうと考え、
2年ほど前に慣れ親しんだ東京から、外房の海の近くに居を移し、
絵画作品の制作にいそしむ日々を送っております。
今回の個展では、そんな中で生み出された作品の数々をメインに
ここ数年の作品を皆様にご覧いただければと考えております。

またこれも、ものすごく久しぶり、約20年ぶりになりますが、
現在、新作マンガも描きおろし執筆中。
同展においては、この新作をはじめ最近のマンガ作品の御紹介も行う予定です。


「Technoicon/テクノイコン」

この言葉は私が90年代初頭、「これからはコンピュータだよね」と
例によって軽い調子で、アナログからデジタルへとその表現方法を変化させた折、
表現していくべきテーマとして、何かスローガンとなる言葉が欲しいな…と、
そこで無理矢理ひねり出した造語です。
とは言っても、大好きで自身の大きなバックボーンの一つである「テクノ」と、
これまたずっと惹かれ続ける「イコン(その当時は、西洋の宗教画)」を
単にくっつけただけなのですが…。

それ以後、これをテーマに数々のデジタル作品
(イラスト、マンガ、アートディレクション)を制作、発表して行きます。
また、「テクノイコン・ラボラトリー(TIL)」なるバンドも結成し、
アンビエント音楽の制作、演奏なども行いました。

2005年と2007年に行った、ギャラリーバーでの作品展のタイトルも
「Technoicon2005」「Technoicon2007」と、
そのままと言うか、実にヒネリのないネーミングでした。

さて、今回ご覧いれる事になるここ数年の作品。
これらは、以前の作品と比べると、かなり趣向が違って来ているようです。
分かりやすく言うと、それは「和のテイスト」でしょうか。
これに関して、何人かの人から質問を受けました。
「どうして、日本画風になったんですか?」
「なにが、きっかけで変わったんですか?」

この質問に対して私も、最初のうちこそそれらしく、
何かもっともらしい答えを返そうと努力していましたが、
そのうち、ハタと気がつきました。
「あ、ぜんぜん、変わってないや」

つまり、わたしが惹かれ続ける「イコン」は
西洋絵画方面から日本画方面へと徐々に変化していったかもしれませんが、
私が描き出したい「テクノ」と「イコン」の
絶妙なブレンド、蜜月と対立、相反と合体…、
そのようなテーマは、本質的には何一つ変わっていなかったのです。

という訳で、今作品展のタイトル、
これも、最初のうちこそ、あーだこーだと色々と悩みましたが、
結局「Technoicon2012」に落ち着いたようです。

相変わらず、ヒネリがなくて申し訳ないばかりです。

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奥平イラ作品展 「Technoicon2012」

2012年 10/16(火)~10/21(日)
12:00 - 20:00(最終日は18:00Close)
オープニングパーティ 10/16 18:00 -

Star Poets Gallery
〒154-0004 東京都世田谷区太子堂1-1-13 佐々木ビル2F-D
03-3422-3049


2012/07/01

幸福な家出

白猫エルモは度々脱走を企てる。

勿論そんなに外に出たいのなら好きにさせてやっても構わないのだけれど、
頭の先からシッポまで真っ白な猫だし、
家のまわりは結構な自然環境であるからして、
半日も外に出ていると、みるみる薄汚れた灰色猫になってしまうのだった。

そのままベッドにもぐり込まれても困るので、
そんな日は、家に帰ったとたんにお風呂場へ直行となる。

最近では、家へもどる=身体を洗われる、という図式を学習したせいか、
一度脱出するとなかなか戻って来ようとせず、
その捕獲に手間取る事もしばしばだ。

さて昨日は、梅雨の中休み、
久しぶりにカラッと晴れた良い天気。
で、窓を開けて空気を入れ替えたり、布団を干したりしていると、
件の白猫、案の定その隙をみて脱出に成功した。

家人と二人、小さなため息をつきながら
「ああ、また出ちゃったよ」とつぶやく。

、、、が、陽の光を浴びて、うれしそうに駆け回る姿が
なんとも微笑ましく、つい見とれてしまうのだった。
「やれやれ、当分、帰ってこないね」

エルモは颯爽と竹林を駆け下りてゆく。



2012/06/29

Top Page Image Update

久しぶりにトップページのイメージを更新しました。
今回の絵は百合の花。



我家のインヤン

カリカリと仕事していると、机の向こう側、
モニタの後ろから、クーカ、クーカと寝息が聞こえる。
のぞいてみると、、、、
そこに「我家のインヤン」を発見。

2012/06/28

朝焼け夕焼け

梅雨の狭間の夕焼けと朝焼け。
どちらもきれいです。

2012/05/11

嵐のあと

激しく降り続いた雨のあと、向かいの巨木が神々しく輝いているので

急いで表に出てみると、今まさに夕陽が沈もうとしている。
湿気を含んで霞む空気と、水田に映りこむ黄金色の空。
まるでバリの風景画みたい。

ふと振り返ると、でっかい虹。
まっすぐに地から天へと立っている。
ああ、驚いた。

それにしても、一日かけた芝生の養生。
せっかく撒いた目土が、すっかり流されちまったい ・・・。

2012/02/17

「銀座」

ちょっと前の話になってしまうけど、昨年11月、
長友啓典さんが発行していらっしゃる読むデザイン誌「クリネタ」から、
アンケートに答えるという機会をいただいた。
このアンケートは、毎回出されるひとつのお題に、
各界のソーソーたる人達が答えるという、この雑誌の名物コーナーのひとつで、
豪華なメンツの中に名前を加えさせていただいて、実に光栄なことである。

で、アンケートのお題は「銀座」。

銀座と言って思い出すのは、、、と、
たらたら文章を練ってはみたのだが、、、

ところが、アンケート回答の規定は200文字以内。
ぜーんぜん入りきらなくて、大幅に内容をカットして無理矢理制限字数に押しこみ、先方へと提出した。

さて、その大元の原稿を、このまま闇にホオムルのもナンなので、ここに載録してみることにした。
私にとって「銀座」とは、、、、、

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

「銀座で思い出したハズかしいラップの話」

若い頃ってのは、ハズカシイことの塊だったりする訳だけど、
銀座と聞いて思い出したそんなハズカシイ話をひとつ。

30年ほど前、
渋谷や新宿あたりの山手線のひだりっ側ばかりで遊んでいた僕にとって、
銀座という街は、ほとんど縁のない所であった。
どちらかと言うと、なんだかカッコ付けた退屈な大人の街、
というのが、僕が持っていた銀座のイメージだった訳だが、
裏を返して言うと、ビンボーでパンクな僕のような若者が
そうやすやすと馴染みになれそうな所ではなかったのだ。

さて、そんな僕が銀座にちょくちょく行くようになったのは、
当時、並木通り6丁目にレコーディングスタジオがあった為か、、、。

漫画家、イラストレータとして仕事を始めて数年、
その頃の僕には音楽制作の仕事というのも、幸運な事にちらほらとあって、
その折によく使わせてもらっていたのが、そのレコーディングスタジオ
「スモーキースタジオ」だったのだ。
(このスタジオはCharのホームグラウンドとして作られた伝説のスタジオ、
残念ながら現在ではもうないらしい)

ヒップホップ黎明期の立役者ビル・ラズウェルのプロデュースで、
日本語ラップ「TYOロック」をレコーディングをしたのも、そのスタジオだった。
なぜに、ニューヨークの大物ミュージシャンと、
名もない日本のイラストレータが一緒に音楽制作をしたのかは、
今となってはあまりにも謎が多すぎてよくわからないのだけど、、、、、
とにかく、舞い込んだビッグチャンスに僕としては無い知恵を絞りまくって楽曲を作り上げた。

タイトルは「TYOロック」
これから日本を訪れようとする外国人に向けて、
トンチンカンな東京案内を繰り広げるというラップミュージックだ。

知恵を絞った割に出て来たのがこの程度てのが、もうすでにかなり恥ずかしいのだけど、
それでも、こういう間違った偏見日本紹介ラップが
ニューヨークのデスコとかで流れたりするとそりゃ面白かろうという、ひとつの目論みではあった。
(実際、アメリカ発売される予定だった。残念ながら実現しなかったけど)

そして、その歌詞には、前述のビンボーでパンクな若者だった僕が
違和感を感じながら通った銀座という街のイメージも、多分に織り込まれていたように思う。

「まずは銀座は日本のパリだよ、並ぶガス灯石畳。
行き交う人たちゃシックでオシャレよ
ちょんまげヘッドにカンサイのスーツ。」
と、始まるこの曲、、、。

うーん、やっぱり、かなりハズカシイですね。
 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

以上が原文。ぜんぜん長いじゃん。
これをチギッては投げチギッては投げて無理矢理押し込んだ200文字拙文、
これが掲載された「クリネタ」2011年冬号(16号)は現在発売中です。
http://www.crineta.jp/

で、そうこうしてる間に次号のアンケートもやって来た。
次号の特集は「経済」とのことで、アンケートは「お金の愚痴を聞かせてください」。
むむむ、、、これも200文字じゃ、
とーてー、収まりそうにないねえー。

2012/01/22

なんてん おもと ろうばい

南天の赤い実ももうだいぶ
万年青の赤い実も落ちた
鳥が食べた
黄色は蝋梅
名の通り蝋細工でこさえたみたい
いい匂い
庭で一番乗り花を咲かせている
そしていい匂い

2012/01/02

新春のご挨拶

2012年、明けましておめでとうございます。
昨年はいろいろありました。
本年が皆様にとって(もちろん我々にとっても)良い年でありますように。

で、今年の年賀状。
図柄は「青鷺男紅葉」。

本年も何卒よろしくお願いします。