2015/07/22

最上階のレタス


田舎に引っ越してきてからイラテック2号サトコは、庭の片隅を菜園にして野菜を育てています。

野菜を育てるというのは案外手間がかかったりして、自然の野菜が安くで手に入るこの地では、ひょっとしたら買った方が安いんじゃね的な見方もあるのですが、それでも自分ちの庭先でたった今採れたものを食すというのは、得もいわれぬ幸福感があるものです。

そしてかたや、こういうものがあります。
銀座の、日本で一番高い土地であろう一等地に立つビルの最上階で、人工飼育されているレタスたち。

テクノ出身の僕は、これも決して嫌いではありません。
あっちの端とこっちの端。

そんなものが存在しているのが今という時代だと、あらためて思います。


(追記)
なんとなくイメージで、最上階と書いてしまいましたが、ほんとはマチガイ。
銀座伊東屋さんの11階にこのFARMはあります。
そのもう1つ上にはカフェもあって、そちらが最上階でした。
ここで穫れた野菜は上のカフェで食べられるそうです。銀座の地産地消…。


2015/07/20

蓮朝


突然梅雨が明けたと思ったら、いきなりの猛烈な夏がやってきた。
忙しさにかまけて放ったらかしにしていた庭の手入れを、二日間に渡りフラフラになりながらやる。
文字通りフラフラになる。
体重が2キロばかり減る。

この季節はまた蓮の季節でもある。
近くには綺麗な蓮を見ることが出来る場所がいくつかある。
ここ数日中には、きっと見事に咲いているであろう大蓮を見に行こうと思っている。

ところで不思議な事に、自然の蓮池というのは、ある種の不連続性を持っているらしい。
去年まではびっしり見事に咲きほころんでいた蓮池が、今年は蓮自体まったく見当たらないという現象が生じる。
こっちに引っ越してきて最初の夏、近所に見事な蓮池を発見した。
同じく見に来ていたおじさんに話を聞くと「去年までは蓮なんて一本もなかったのになあ…」と言う。
そんなあ、からかって、、、とその時は思っていたのだが、数年間あたりの蓮池を観察していると、どうやらそういう事も有る話らしい。

知っている人にとっては当たり前のことかもしれないけど、からっぽの水面を見つめながら、ひょっとしたら去年の見事な蓮はすべて夢だったのもしれない、、、なんて思いにふけってしまうのも、なんだかちょっと不思議なものだ。


さて、この絵は「蓮朝」
数年前に描いた朝靄の中、瑞々しく佇む蓮の絵。

日が登るとともに蝉たちがいっせいに鳴き始める。
今日も暑くなりそうです。







2015/07/16

「手塚治虫と戦争」

(C)TEZUKA PRODUCTIONS

この春からずっと携わってきた手塚治虫公式サイトの戦後70年特別企画「手塚治虫と戦争」。
ラストスパート怒涛の作業を乗り切り、昨日7月15日、第一弾として戦前戦中編をなんとか公開することが出来た。

思えば、この数ヶ月、手塚治虫作品と向き合う日々が続いた。
特に戦争に関するマンガ作品、手塚治虫の体験談、戦争に対する手塚治虫のメッセージ。
ご存知の方も多いと思うが、手塚治虫ほど、その作品を通じて反戦、嫌戦を訴え続けたマンガ家はいないかもしれないという事に、あらためて気付かされる。
それらをどうやったら、今の時代に伝えられるか、それに取り組む日々…。

 全編公開まではまだまだ作業が続くが、とりあえずは第一弾を公開出来てひと安心というところだ。

さて、なんとか公開作業を終えてほっとしてちょっと一眠り、目覚めた所でテレビから流れだした衝撃的な映像に目を奪われた。

「安全保障関連法案を強行採決」のニュース。
そしてそれに反対して全国各地で声を上げる人々の映像。

戦後40年、今から30年前の講演で手塚治虫はこう語っている。
「(戦後40年経ち、戦争体験が風化し)また、政府がきな臭い方向に向かおうとしている。子供たちのために大人はそれを阻止しなければならない」
この危機感あふれるメッセージを出してから30年。
この国はどこへ向かおうとしているのか。

「手塚治虫にとって、戦争はこうだったんたよ」というコンテンツを真面目に作り続ける事が、今僕が出来ることのひとつだと思っている。


手塚治虫公式サイトの戦後70年特別企画「手塚治虫と戦争」


2015/07/09

Keys and Eyes


カタタカタタカタカタ……、キーボードの日々。


無意識下のパネルたちに、じっとりと見つめ続けられる日々。