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2017/05/19

ソフォラ・ミクロフィラ


ソフォラ・ミクロフィラ、マメ科の観葉植物。

先日立ち寄った大型園芸店で、その面白かわいい姿形に惹かれて
つい買って帰って来ました。

育て方などを調べていると、またの名を「メルヘンの木」とも言うらしい、、、
メルヘン、、、うーん、ちょっと恥ずかしいですね。
それを知ってたら買わなかったも、、、。

ま、それはさて置き、早速鉢に植え替えます。

以前、父に焼いてもらった小ぶりの植木鉢に、
足元には、庭に生えてたスギゴケをあしらってみると
なかなか、いい感じになりました。




2017/05/16

ヤマボウシが咲いた


庭のヤマボウシの花が、今年はいつもより多く咲いている。
そうそうこんな花だったねと、しげしげ眺めるのも久しぶり。

白いヤマボウシが一般的らしいが、うちのは赤みをおびた、あまり尖っていない形の花だ。
調べてみると、どうやら里美という種類らしい。
ふーん、そんな名前だったのかあ、、、。

今年は小ぶりな花のサトミちゃんです。



2016/02/04

昨日は節分 今日は立春


節分の夜。
柊鰯に福の豆。

いわしの匂いは鬼を遠ざけ、
ひいらぎのトゲはそれでも寄ってきた鬼の目を刺すという魔除け。
オニにとっては実に踏んだり蹴ったり。


年季の入った一合升は
母が新婚当時から使っていたという年代ものだ。
この正月にありがたく譲り受けた。

福豆を盛ってみると、ものすごくよく似合い
なんだか鬼払いの効き目も例年よりありそうだ。
で、大人気なく大声出して「オニワソトー!」


踏んだり蹴ったりぶつけられたり…

(Photo by Satoko)

2015/05/23

てっぺんかけたか2015


今年もまた
空高くホトトギスの声が響く季節になってきた。

ホトトギスは5月中頃に
インド、中国南部から飛来してくる渡り鳥らしい。
そして、気持ちの良い五月の青空に、例の特徴的な
「きょきょ、きょきょきょきょおーーーーっ」という鳴き声を響かせる。

前回のモグラに引き続き、またまた田舎ネタになってしまうのだけど
僕がこのホトトギスの声を初めて耳にしたのも
この地へ引っ越して来てからの事だった。
ビバ田舎…、もいいか。

もちろん最初はなんの鳴き声か分からない。
でも、その変な鳴き声を聞いているうちに
ひょっとしてこれって「てっぺんかけたか」って聞こえる…?
という事はこれってもしかして…?
と思い当たったのがホトトギス。

その時の事を
引っ越して間もなかった4年前のブログに書いている。
この鳴き声とホトトギスを結びつけてくれたのは
昔読んで印象に残っているマンガのおかげだったようだ。


さて、2015年の「てっぺんかけたか」、
今年ももうこの季節かあ…、とあらためて感じる。
すっかり、咲く花や、鳥の声で
季節がわかるようになったもんだ。

「鳴かぬなら いないんじゃないの ほととぎす」イラ 


2015/05/22

猫にモグラ


またもや猫のはなし。

うちの猫はその身体の大きさから、そう推測したのだけれど
生後およそ半年くらいの時に、
ふらりと現れ、やがて住み着き、そして飼われる事となった。
それまでは自然豊かなこの辺りをねじろとして
ワイルドライフを生き抜いてきた、いわゆる野良猫だった訳だ。

よって、飼い猫となった今でも
甘えん坊で愛くるしい仕草や表情の裏には
しっかりとワイルドな顔を持っていたりする。

庭で遊んでいる姿を見ていると、
突然凶暴なハンターと化し、小動物を狙っている姿をよく見かける。
その表情は我々がよく知っているいつもの猫のソレではない。
発する空気は、まさしく野生そのもので、まさしく別人ならぬ別猫のようだ。

さて、そんな理不尽な襲撃者の犠牲になるのは
トカゲや蛇、ウグイスなどの小鳥、ネズミやモグラ等など…、
一度などはかなり大きい山鳩を捕まえてきて
我々を慌てさせたりもした。
(上の写真は執拗に獲物をいたぶる極悪猫の様子。
 ま、彼女も抑えきれぬ本能のままにやってるのだろうが…)

で、今日も犠牲者が出る。
今回の犠牲者はモグラ。
こんな感じです。

かわいそうに、無理やり地上に引っ張りだされたらしく
キューとのびちゃってる。


ところで、僕はこの地に来るまで
モグラというものを見たことがなかった。
もちろん、絵やイラスト等のキャラクターとしては、すっかりお馴染みのモグラだけど、
これまでの都市生活の中には、その姿を間近でじっくり見る機会というのは、
なかなか入り込んで来るものではなかった。
ビバ田舎生活。

で、しげしげとモグラを見てみると…、
そのぷっくりとした胴体や、つややかな毛並み、
そしてトレードマークの鋭い爪を持った平たい前足、尖った鼻…、
そのどれもが、なかなか愛嬌があって可愛らしい。

ゆえに、ネコがモグラを襲うのを見つけた時には
僕も妻も声をあげて止めたりもするのだが、
残念、今回も間に合わなかったようだ。
合掌。

ちなみに今回の記事は
「えー、私もモグラ見たことがない。見たい見たい。」という
とある都市生活者からのたってのリクエストを受けて、書いてみたものです。
ビバ田舎生活… 


2015/05/16

猫にルビ

猫を飼っている方は、重々ご存知だろうが、
彼等は、我々の視線が集まるところにわざわざ鎮座するという性癖を持っている。

テレビの前などはまさにうってつけの好位置で、
なにもそこでくつろがなくても…、という場所を ちゃっかりキープするのは、
実に日常茶飯である。

 で、こういう事がおこる。

猫の背中にルビがふられている。 


え?今まで猫だと思っていたのに実は「伊勢海老」だったの?


でもホントは「河豚」だったの?


あら?すでに生物ですらないじゃん。「ヒモノ」って…。


なんだよそれ、最後に。


2015/01/08

「冬来たりなば春遠からじ」


本日じつに天晴な晴天。
風はぴーぷー冷たいけれど、しばし庭に出てみる。

見ると我が家の庭では毎年一番乗りの蝋梅が、はや咲き始めている。

となりの椿やレンギョウも、小さい蕾がギッシリで
フライング気味にもう咲いてるお調子者もいる。
そのとなりの木蓮は、猫柳のような和毛(にこげ)をつけた花蕾の枝を
真っ青な空に向かって力強く広げている。

あらためて見回すと、庭中の枝木のそこかしこに、
小さな蕾たちがいっぱいだ。

ふと頭の中にあるフレーズが舞い降りる。
まさに「冬来たりなば春遠からじ」って、こういう事なんだろうなあ。

昔の人は良いこと言うなあ……
やはり四季の折々を感じる日本人ならではの感性か……
きっと、
昔のあるとき、茶人みたいな爺ちゃんが
今日のうちの庭みたいな風景を見ながら目を細め
ぼそりと呟いた一言なのではなかろうか……


とここまで思って、ちと気になって調べてみると
これがおおいなる勘違いだった。

「冬来たりなば春遠からじ」とは
イギリスの詩人、シェリーの「西風に寄せる歌」の一節
「If winter comes, can spring be far behind?」がその由来で、
厳しい寒さの冬を過ぎれば、その後には暖かい春がやってくるぞ、
辛いことばっかりじゃない!明けない夜はない!
もうちょっとだ、がんばれ! みたいな、ことわざ的言い回しであった。

へえー、そうなんですか。
ちっとも知らなかった。勉強になりました。
でも、きっと…
毎年、この風景を見るたびに、
ついついこのフレーズを呟いちゃうんだろうな…、きっと。

2014/11/30

本日の Wabi Sabi

「百日紅」と書いて「さるすべり」はその名の通り、
8月から10月にかけて、百日もの長い間、綺麗な紅の花を咲かせる。
ちなみにその幹は樹皮が剥がれたような滑らかな表面で、
猿が登ろうとしてもツルツルでスベっちゃうでしょ…
で、こちらもその名の通り、さるすべり。

花のつきは今年イマイチだったものの、
一応夏から秋にかけて、にぎやかに庭を彩ってくれたうちのさるすべり。
本日庭の手入れのついでに、ちょっと早いが剪定した。

花が終わったさるすべりの枝は、割りと強めに剪定するのがコツ。
思い切って枝の根元からチョッキンちょっきん切ると、
翌春にはそこからまた強い枝が伸びてくる。
力強い循環。

さて、切り取った枝を眺めてみると、
なかなかに良い造形なので…

こんな感じで飾ってみました。




本日の Wabi Sabiでした。

2014/11/22

Bali Temple Explorer

このところ、制作をしている新作マンガの資料として、
バリ島の写真集や、関連サイトを漁ることが多いんだけれど
そんな時いつも、ついつい見てしまうのがこのサイト。

森の奥に静かに佇むバリ寺院をバーチャル観光できるサイトです。

一時期、こんな感じの「マルチメディア」的、「インタラクティブ」的(共にIT死語ですかあ?)なアプローチのウェブサイトっていくつか見かけたが、このサイトはなかなか秀逸な出来。

画像の美しさ、音楽や自然音の心地よさ、それに何よりの空気感…、
そのどれをもが素晴らしく、つい時間を忘れてうっとりと眺めてしまいます。

バリ好きの方で、ご覧になったことのない方はゼヒ。
かなり、行った気になりますよ。



2014/11/06

清酒「官兵衛」と姫路おでん

清酒「官兵衛」と姫路おでん。生姜醤油でいただきます。
姫路からの帰り。

駅近くでちょっと時間があったので、横丁の立ち呑みでさくっと30分ほど。
それにしても、何でも安くて旨い。
件の「官兵衛」酒を2杯、おでんを2種、「二度漬け禁止」の串カツを二本食して、お勘定は千円ちょうど。
隣のお客さんのオススメは「ここの粕汁めっちゃ旨いでー」だったんだけど、
時間的にそこまでたどり着けませんでした。
残念。

案の定というか、思った通りというか、姫路の町はなかなかの官兵衛フィーバーぶり。
記念に綺麗になった姫路城をパシャリ…と、思ったんだけど、
ほろ酔いのせいかボケボケになってしまいました。

2014/10/30

コスモス畑

久しぶりに実家に帰ってみたら、家の周りが一面のコスモス畑になっていてビックリ。

休耕田を利用してコスモス畑にしているようです。
いい感じ。

2014/10/25

山法師十月


この時期の庭は枯葉でいっぱい。
掃いても掃いても、あっという間に芝の上に枯葉は降り積もる。
山法師(やまぼうし)の木もあらかた葉が落ち、すっかり寒そうな出で立ちになってしまった。

この絵は2年前に開いた個展用に描いたもの。
「山法師十月」
山法師になる赤い実は、奇妙な形をしていて、
見ようによってはミッドセンチュリーのオブジェのようにも見える。
枝に止まりその赤い実をついばむ小鳥、 ふとこちらを振り向くと、不思議な事にその目も紅い。

ところで残念ながら、うちの山法師の木は栄養が悪いせいか、それとも他に原因があるのか、
未だにこの赤い実をつけた事がない。

待ち焦がれていたのに、、、
今年もついに赤い実を見る事が出来なかった。
ほんとに山法師なんだろか、、、、?

2012/11/05

鉄腕アトムはかく語りき

一昨日、11月3日は手塚治虫の誕生日。
それを機に手塚治虫公式サイトが、リニューアルオープンした。

でもって、今回も僕はアートディレクション、デザインを担当。
また、今回目玉のスペシャルページ「鉄腕アトムの七つのチカラ」では
企画から原稿、画像制作、デザインまでと、けっこーひとりで好きにキリモリさせてもらった。
(好きにやらせていただいた手塚プロに感謝)

まだまだ手塚治虫というと、知らない人はいない超有名な存在だけど、
でも、もうそろそろ「名前は知ってるけど、どんな作品があるんだっけ?」とか
「アトムって見た事あるけど、どんなマンガなの?」という
若い人達もカクジツに増えてきている筈。
そんな人達に、ぜひ見ていただきたいという思いで制作した楽しいミニコンテンツです。

内容は、手塚作品の代表格「鉄腕アトム」の基礎知識である
「七つの威力」をグラフィカルに紹介するというもので、
言ってみれば手塚作品への初心者入門ガイド。
もちろん、オールド手塚ファンにも、ゼヒ楽しんでいただければ、と思ってます。

それにしても、今回この特集を制作する為に
「鉄腕アトム」全巻を、時間をかけてじっくり読み直してみたんだけれど、
うーん、やっぱり面白いなあー。
とくに僕は初期の頃の、50年代テイストの絵柄が大好きで、
今更ながら、ものすごく影響を受けてるな、、、と再確認した次第。

また、いろんな雑誌にその発表の舞台を移しながらも、
50年代から70年代にかけて、20年以上も掲載を続けた作品だけに、
その時代、その時代の雰囲気、ムードが、作品の中に色濃く反映されているのが
今、読み返してみると、とても興味深かった。
それはそのまま僕自身の、少年期から青年期のはじめという多感な時期と、
ぴったり重なっているからでもある。

万能の科学と、明るい未来への期待で胸がいっぱいの50年代アトム。
(その名の通り、原子力に対してもとても無邪気だ)
この時代のものには、小ネタを含め、SFアイデアが
それこそ、ざっくざくと散りばめられていて、まさにアイデアの宝庫。

しばらくすると、敵対するロボットもどんどん強くなり
アトムはどんどん、ヒーローものとして確立してくる。
子供たちが手に汗にぎり、ロボット対決の結果を見守っていた時代。
TVではきっと怪獣ものとかが、華やかなりし頃だなきっと。

そして、公害や放射能の存在が人々をおびやかし、
万能の科学にもかげりがみえてきた70年代。
アトムの丸っこい線画にも、その頃台頭していた劇画テイストも見えたりして
反体制なムードもそこかしこに漂っていたりする。

シリーズの最後のつもりで描かれたのか、
1970年に発表された「アトムの最後」などは、これはもう絶望的に暗い。
アトムが活躍した未来世界の、そのまた後の世界が描いてあるのだが、
もう人間もダメダメなら、ロボットもダメダメ、、、、
ほんと実にため息が出てしまうほどの暗い未来像。
しかしそんな中でも、もう一度彼らを信じようとするアトムの存在は
暗い世界にさす一筋の希望の光そのものだ。

そして、あらためて思う。
科学の中から生まれた子、そんな科学に裏切られながらも希望を失わないアトム。
つまり、それでも手塚治虫は未来を信じていたのだと思う。
それがきっと、あの勇気と希望にあふれた
アトムのすっくとした立ち姿にあらわされているのだと思う。


さて余談ですが、去年制作したブラック・ジャックのスペシャルコンテンツも、
スマホやタブレットでも見れるようにと、ノーフラッシュ版で構成しなおし
バックナンバーとして公開しております。
これも、ごらんになっていない方はゼヒ。
TVアニメ「ブラック・ジャック」の脚本も手がけた小林弘利さんによる
ブラック・ジャックの永遠のライバル、キリコ目線の解説が秀逸です!

手塚治虫公式サイトへはこちら

2012/07/01

幸福な家出

白猫エルモは度々脱走を企てる。

勿論そんなに外に出たいのなら好きにさせてやっても構わないのだけれど、
頭の先からシッポまで真っ白な猫だし、
家のまわりは結構な自然環境であるからして、
半日も外に出ていると、みるみる薄汚れた灰色猫になってしまうのだった。

そのままベッドにもぐり込まれても困るので、
そんな日は、家に帰ったとたんにお風呂場へ直行となる。

最近では、家へもどる=身体を洗われる、という図式を学習したせいか、
一度脱出するとなかなか戻って来ようとせず、
その捕獲に手間取る事もしばしばだ。

さて昨日は、梅雨の中休み、
久しぶりにカラッと晴れた良い天気。
で、窓を開けて空気を入れ替えたり、布団を干したりしていると、
件の白猫、案の定その隙をみて脱出に成功した。

家人と二人、小さなため息をつきながら
「ああ、また出ちゃったよ」とつぶやく。

、、、が、陽の光を浴びて、うれしそうに駆け回る姿が
なんとも微笑ましく、つい見とれてしまうのだった。
「やれやれ、当分、帰ってこないね」

エルモは颯爽と竹林を駆け下りてゆく。



2012/06/29

我家のインヤン

カリカリと仕事していると、机の向こう側、
モニタの後ろから、クーカ、クーカと寝息が聞こえる。
のぞいてみると、、、、
そこに「我家のインヤン」を発見。

2012/05/11

嵐のあと

激しく降り続いた雨のあと、向かいの巨木が神々しく輝いているので

急いで表に出てみると、今まさに夕陽が沈もうとしている。
湿気を含んで霞む空気と、水田に映りこむ黄金色の空。
まるでバリの風景画みたい。

ふと振り返ると、でっかい虹。
まっすぐに地から天へと立っている。
ああ、驚いた。

それにしても、一日かけた芝生の養生。
せっかく撒いた目土が、すっかり流されちまったい ・・・。

2012/02/17

「銀座」

ちょっと前の話になってしまうけど、昨年11月、
長友啓典さんが発行していらっしゃる読むデザイン誌「クリネタ」から、
アンケートに答えるという機会をいただいた。
このアンケートは、毎回出されるひとつのお題に、
各界のソーソーたる人達が答えるという、この雑誌の名物コーナーのひとつで、
豪華なメンツの中に名前を加えさせていただいて、実に光栄なことである。

で、アンケートのお題は「銀座」。

銀座と言って思い出すのは、、、と、
たらたら文章を練ってはみたのだが、、、

ところが、アンケート回答の規定は200文字以内。
ぜーんぜん入りきらなくて、大幅に内容をカットして無理矢理制限字数に押しこみ、先方へと提出した。

さて、その大元の原稿を、このまま闇にホオムルのもナンなので、ここに載録してみることにした。
私にとって「銀座」とは、、、、、

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「銀座で思い出したハズかしいラップの話」

若い頃ってのは、ハズカシイことの塊だったりする訳だけど、
銀座と聞いて思い出したそんなハズカシイ話をひとつ。

30年ほど前、
渋谷や新宿あたりの山手線のひだりっ側ばかりで遊んでいた僕にとって、
銀座という街は、ほとんど縁のない所であった。
どちらかと言うと、なんだかカッコ付けた退屈な大人の街、
というのが、僕が持っていた銀座のイメージだった訳だが、
裏を返して言うと、ビンボーでパンクな僕のような若者が
そうやすやすと馴染みになれそうな所ではなかったのだ。

さて、そんな僕が銀座にちょくちょく行くようになったのは、
当時、並木通り6丁目にレコーディングスタジオがあった為か、、、。

漫画家、イラストレータとして仕事を始めて数年、
その頃の僕には音楽制作の仕事というのも、幸運な事にちらほらとあって、
その折によく使わせてもらっていたのが、そのレコーディングスタジオ
「スモーキースタジオ」だったのだ。
(このスタジオはCharのホームグラウンドとして作られた伝説のスタジオ、
残念ながら現在ではもうないらしい)

ヒップホップ黎明期の立役者ビル・ラズウェルのプロデュースで、
日本語ラップ「TYOロック」をレコーディングをしたのも、そのスタジオだった。
なぜに、ニューヨークの大物ミュージシャンと、
名もない日本のイラストレータが一緒に音楽制作をしたのかは、
今となってはあまりにも謎が多すぎてよくわからないのだけど、、、、、
とにかく、舞い込んだビッグチャンスに僕としては無い知恵を絞りまくって楽曲を作り上げた。

タイトルは「TYOロック」
これから日本を訪れようとする外国人に向けて、
トンチンカンな東京案内を繰り広げるというラップミュージックだ。

知恵を絞った割に出て来たのがこの程度てのが、もうすでにかなり恥ずかしいのだけど、
それでも、こういう間違った偏見日本紹介ラップが
ニューヨークのデスコとかで流れたりするとそりゃ面白かろうという、ひとつの目論みではあった。
(実際、アメリカ発売される予定だった。残念ながら実現しなかったけど)

そして、その歌詞には、前述のビンボーでパンクな若者だった僕が
違和感を感じながら通った銀座という街のイメージも、多分に織り込まれていたように思う。

「まずは銀座は日本のパリだよ、並ぶガス灯石畳。
行き交う人たちゃシックでオシャレよ
ちょんまげヘッドにカンサイのスーツ。」
と、始まるこの曲、、、。

うーん、やっぱり、かなりハズカシイですね。
 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

以上が原文。ぜんぜん長いじゃん。
これをチギッては投げチギッては投げて無理矢理押し込んだ200文字拙文、
これが掲載された「クリネタ」2011年冬号(16号)は現在発売中です。
http://www.crineta.jp/

で、そうこうしてる間に次号のアンケートもやって来た。
次号の特集は「経済」とのことで、アンケートは「お金の愚痴を聞かせてください」。
むむむ、、、これも200文字じゃ、
とーてー、収まりそうにないねえー。

2012/01/22

なんてん おもと ろうばい

南天の赤い実ももうだいぶ
万年青の赤い実も落ちた
鳥が食べた
黄色は蝋梅
名の通り蝋細工でこさえたみたい
いい匂い
庭で一番乗り花を咲かせている
そしていい匂い

2011/12/02

12月の思い違い

トップページの画像を更新。
「かがなべて、よにはここのよ、ひにはとをかを」

こうして日々を数えてみると、夜では九夜、日では十日にもなる、、、
みたいな意味か。

語呂がよかったからか、なんとはなくこの句を長いことおぼえていて、
たまに心の中でつぶやいてみたりしていた。

若い頃読んだ詩集で目にしたことがあるような気がしていたので、
てっきり金井美恵子の言葉だと思い込んでいた。
(あやふやな記憶)

恋する乙女が窓辺に佇み、
「ああ、あの人に会えない日々がこうして過ぎてゆく。
もう、夜には九夜、日には十日も経ってしまった、、、。」
みたいなイメージをなんとはなく、頭の中に描きながら、、、。
(いーかげんなイメージ)

でも、全然違ってた。

正しくは日本書紀、ヤマトタケルの歌にかえした歌であるという。

日本武尊(やまとたけるのみこと) が問う
「新治(にひばり)筑波(つくば)を過ぎて 幾夜(いくよ)か寝つる」
御火焼翁(みひたきのおきな)、それに返して
「かがなべて 夜には九夜 日には十日を」

ちなみに、これが連歌の起源とな。

天皇の命令でエゾ制圧に行って来たタケル皇子、
大暴れして帰る道すがら、
「ああ疲れた、やっと新治と筑波(茨城)過ぎたけど、
もお、どんだけたったんだ?」
たき火係のジジイすかさず
「そりゃ親方、九晩十日でさあ」
みたいな感じか。

全然、恋する乙女じゃなかったね。

という事で12月。
ちなみに、上記の歌は、12月とも
てきとうに描いた鳥の絵とも、なんの関係もない。

2011/11/18

昔のイラストの話

昨日、番組制作会社から電話がかかってきた。
なんでも1983年6月28日号の週刊プレイボーイ誌の記事を番組内で紹介したいとのことで、
その放送許諾の依頼電話であった。
記事の内容は「童貞喪失レポート」というものであり、
そこに僕がイラストをつけているらしい。
へー、そんな仕事してたのかあ、、、
まったく、覚えていないけど。
そう言えば、あの頃は、週刊プレイボーイや、ホットドッグプレス、
求人タイムスやギャルズライフ、SFアドベンチャーや宝島、微笑に小説現代、、、と、
実に様々な雑誌に、実に無節操に、実に雑多なカットやイラストを描いたもんだ。
、、、と、しばし思い出にふける。

さて、番組は「ジョージ・ポットマンの平成史」という
テレビ東京の教養番組風パロディー情報番組らしい。
これも、まったく知らない。

だが、別に断ることでもないと判断、了承しておいた。

放送は来週26日、もしくは再来週3日の夜になるとのこと。
ふーん。

で、とりあえず手元にあった80年代当時のイラストをひっぱり出してみる。
掲載誌は忘れてしまったが、わりと固めの雑誌で本の特集に入れるカットだったと思う。
ちなみに、これはけっこーマジメなタッチだけど、
ふざけたモノや、雑でヘタッピなものを、恐れも知らずいっぱい描いていた気がする。
放送されるのは、多分、そおゆうの、、、、だと思う。

先方の「クレジットを出しましょうか?」との配慮に、
即座に「結構です」と答えてしまった。