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2015/10/14

マライア「うたかたの日々」再発!


1983年に発表されたマライアの傑作アルバム「うたかたの日々」が、NYのレコードレーベル「Palto Flats」から世界に向けて再発されました。
なんとうれしい事に、45回転12インチアナログ盤2枚組という、32年前に発売された形式そのままでの再発です。
で、当時僕が手がけたアートワークもそのままに再現されてるらしい!

清水靖晃氏から届いたプレスリリースによると以下のようになっています。

ーーーーーーーーー
清水靖晃を中心に結成された実験的ロックバンド 、マライアが1983年にリリースしたアルバム『うたかたの日々』。
幾度となく再発され続ける程、傑作と推すファンも多いこの1枚が今回、ニューヨークのレーベルPalto Flatsから全世界に向けリイシューされます(日本国外向け)。
今作の再発盤では、オリジナルの発売当時と同じくLP/12インチ 45回転 2枚組で完全復刻。
更には、ドイツのDubplates and Masteringにてリマスターが施されたほか、ジャケットイラストを手掛けた、デザイナー、奥平イラ氏の(当時書き溜めていた作品の中からの)アディショナル・イラストも追加された特別仕様になっています。
音楽ウェブマガジン Resident Advisor のニュース記事も合わせてご覧下さい。
ーーーーーーーーー

そう、その通り、
そのままに再現だけではなくオマケで、当時描いていた未発表イラストレーションも新たに加えました。

しかーし、9月18日に発売されたこのレコード、現在の所、僕の手元にはまだ届いておらず、イラストがどのように使われているか、ちょっと分かりません。
うーん、どんなんなっているのかなあ…、楽しみだなあ…。

ちなみにGoogleでマライア「うたかたの日々」の画像検索かけてみたら、こんな感じでした。
…なんだか壮観。




2015/10/03

「星くずサロン」おしゃれな夜

さて、一昨日おこなわれた「星くずサロン」の二回目はこんな感じ。


まず登場したのは「POiSON GiRL FRiEND avec 加藤みちあき+大津真」のユニット。
ちょっと気だるくデカダンなフレンチテイストな楽曲の数々。

「POiSON GiRL FRiEND」イコール ボーカルのnOrikOさんの別名義との事だけど、90年代には彼女の参加したアンビエント・ハウスな「Angelic House」、フレンチ・ダンス・ミュージックな「Kiss-O-Matic」をよく聴いていたのを後になって気がついた。
なるほど、居心地のよかった筈です。

ちなみにサポートの大津くん(写真左)とは、昔お仕事をご一緒した仲で、実に久しぶりの再会。
この前会ったのはいつだっけ?えー!?もう15年以上も経つのおー?と、なった次第。


さて、ライブにもどります。
前回同様、ナツカシの「星くず兄弟の伝説」の映像も流しーの…


手塚眞監督、エッセイストの犬山紙子さん、映画作家のTORICOさんによる今回のテーマ「おしゃれ」についてのトークコーナーがあって…


そして本日のトリ「野宮真貴+鈴木智文with金津ヒロシ」が登場。
ご存知「東京は夜の七時」などを、しっとりとした感じで演奏した。


ちなみに野宮真貴ちゃんと鈴木智文くんがかつて在籍した「ポータブル・ロック」、このデビュー・アルバムのジャケットは私がやらせてもらっていて、えー!?それってもう30年も前になるのおー?となった次第。
(なんか星くず関係は、こーゆうのが多いなあ)
ライブのシメは、先月シンゴとカンがシャウトしまくっていた「星くず兄弟のテーマ」を、これまたしっとりボッサな感じでカヴァーして、うーん、実に大人な感じ。
まさしくタイトル通り、おしゃれな夜でした。

「星くずサロン」次回は12月1日です。
(ライブ写真は奥平サトコでした)





2015/06/22

星くず兄弟の夜


あらら、仕事に追われてるうちに一週間もたってしまったけど、これは書いておかなきゃ。

先週の月曜日、6月15日に行われた「スターダストブラザーズ・ライブ」に行ってきた。
これは、手塚眞監督、初の商業映画作品「星くず兄弟の伝説」の公開から30周年を記念して行われたもので、当時のこの映画に関わったミュージシャン達が一堂に会したライブ。

「星くず兄弟の伝説」ってナニ?、という方はこちら、手塚眞監督のフィルモグラフィーを参照してください。

僕はこの映画には関わっていないんだけれど、
その数年前に雑誌の座談会で眞さんとご一緒したり(それ以後現在までのお付き合いになるんだけど)、
同じ頃、同様の企画でこの映画の言い出しっぺでプロデューサーである近田春男さんとご一緒したり、、、
(当時はなんだか、にゅーうぇーぶなマンガ家ということでこーゆう席にひっぱりだされる事が多かった気がする)、
また、主役の高木カンちゃん(東京ブラボー!)や、シンゴ(8 1/2!)をはじめ、友人知人が多数出演している映画で、めちゃくちゃ親近感がある作品なのだった。
内容はというと、80年代のポップでキッチュなエッセンスがぎゅっと詰まった、マニアにはたまらん和製ロックミュージカル映画つー感じ。

さて、
あれからもう30年…。
なんか、キミマロみたいになっちゃうけど、たしかにあれから30年。
こんなライブがくりひろげられました。

加藤賢崇MCで、まず、高木完ちゃんがDJとして登場、
80年代ヒット曲連発であきらかに年齢層高めな会場を盛り上げる。
次に永遠のグラムロッカー赤城忠治が自らのバンドを率いて登場。
途中、映画の中で敵役を演じたISSAYや、ロッカーとして再登場のカンちゃんを交え、映画の曲などを披露する。

赤城さんアコギ一本のソロとなり、スペシャル・ゲストとして近田さん登場。
二人でメインテーマ「星くず兄弟の伝説」をしんみり演奏して感動のルツボとなる筈の場面が、赤城さんグダグダで近田さんにしかられる(個人的にはココが、このライブで一番好きです。結局もってくなー、アカギチュージ)。
見るに見かねた窪田晴男と江蔵浩一が助け舟登場して、近田さんも急遽エレピを演奏、なんとか無事、盛り上がった。
そして久保田慎吾のバンド「サニー久保田とオールド・ラッキー・ボーイズ」。
B級ポップ+昭和ラテンフレーバーのサウンドがシンゴらしくてほほえましい。

で、そこにカンちゃん加わり、「スターダスト・ブラザーズ」として演奏を繰り広げる。
最後には全ミュージシャン、手塚眞監督、ゆかりのミュージシャンの方々、
ファン代表ということで野宮真貴ちゃん、サエキけんぞう、綾小路翔、森山直太朗、等など… 、が大集合して大合唱しての大団円となった。
いやー、
面白かった、
懐かしかった。

30年後の星くず兄弟カンとシンゴを囲んで全員集合

で、ライブもすごかったけれど、幕間に手塚監督からの衝撃的な発表も行われた。
なんと「星くず兄弟の伝説 続編を作ります」発言!!
えーっ!ほんと!?

さて、ライブ終了後の控室、これもスゴかった。
まさしく80年代サブカルピーポーの同窓会状態。
そのまま、打ち上げに流れ込んでいったんだけど
じつに久しぶりに旧知の人達と会うことが出来て、本当に楽しかった。

近田さんとも、ものすごく久しぶりに会ってお話しできたのだけれど、
これから作られる新たな続編映画の事に話が及んだ時、
「ここから、また始まるんだよ」とおっしゃった言葉が、とても印象に残っている。
新たなる「星くず兄弟の伝説」…

という訳で、
星くず同窓会な、あつーい夜レポートでした。


2015/06/09

A Winged Victory for the Sullen 美しい夢のために(後編)


「この世でもっとも美しいアンビエント」と高い評価を得た1stアルバムから3年、A Winged Victory for the Sullenが去年、2ndアルバム「Atomos」を発表した。
で、これがまたすごく良くて、1枚目に引き続き、ここんところの僕の睡眠導入愛聴盤となっている。


1stアルバムにはそれぞれの曲に、ちょっと長めの、まるで詩のようなタイトルがつけられていたけれど、今回はずいぶんと素っ気なく”Atomos I”から”Atomos XII”の全11曲(なぜか4がない、ボツになったの?)。

と言うのも、このアルバム、英国ロイヤルバレエの専任振付師であり、ダンス・カンパニーRandom Danceを主宰するウェイン·マクレガーによるモダン・ダンス作品「Atomos」のために作られた楽曲とのこと。

このダンス作品に強くインスパイアされたダスティンとアダムは、ブリュッセル、ベルリン、レイキャビクで、2013年の夏の4ヶ月間でレコーディングを敢行(1stは2年がかりだった)、その仕上がりから、依頼されたダンス音楽としてだけではなく、自らの2ndアルバムとして位置づけ発表した、ということらしい。

さてそのせいか、この「Atomos」は前作といくぶんニュアンスを異にしている気がする。
よりクラシカルな重厚さが増していて、アンビエント、ドローンというより、モダン・クラシカルな要素の方が強くなったかな、という感じ。
しかし、チェロ、ビオラ、ヴァイオリン等の流麗で重厚なストリングスと、オルガン、モジュラー・シンセ等によって生み出される深くたゆとうサウンドの合間に、時折ダスティンによるシンプルでありながら美しく切ないピアノの旋律が現れて消える様は、やはり彼等ならではの音世界だと唸ってしまう。
そして、ただただ、うっとりと聴き入ってしまうのだった。

Atomos VI


ところで、この音楽を依頼したウェイン·マクレガー(Wayne McGregor)なる人、僕はそっち方面にあまり詳しくないので、ちーとも知らなかったが、なにやらスゴそうな人らしい。

イギリス、ロイヤルバレエ団の常任振付師で、大英帝国勲章を受勲したりと、ばりばりのアカデミックさながら、ポップ・ミュージックのフィールドとも関連が深いらしく、レディオヘッドの「Lotus Flower」のPVでトム・ヨークの振り付けをしたことでも有名。

あ、これ知ってる。
いきなり変な動き始めて、どうしちゃったの?トム・ヨーク大丈夫?
と、けっこうインパクト強かったもん。

Radiohead - Lotus Flower

それより驚いたのは、彼はいわゆるアンビエント系のミュージシャンとコラボレーションする事も多く、自身の主宰するRandom Danceの作品の為に書かれたスコアからはこれまで、マックス・リヒターの「Infra」、オーラヴル・アルナルズの「Dyad 1909」等が生まれているという!
なにソレ?僕の好きなのばかりじゃん。
恐るべしウェイン·マクレガー、、、、。

と、なるとぜひとも、このダンス作品「Atomos」も見てみたい、と思って探してみると…、
ありました。
短縮ダイジェスト版ながら、上がっていました。
かっこいーです。美しーです。ゼヒ、全編を見てみたいものです。

Wayne McGregor / Random Dance - Atomos

さて、最後の方はすっかり話がそれてしまったが…

という訳で、皆さんも今晩あたりA Winged Victory for the Sullenを、
睡眠導入音楽として試してみては、いかがでしょうか?
きっと、世にも美しい夢がみれるかも、ですよ。


2015/06/08

A Winged Victory for the Sullen 美しい夢のために(前篇)


寝る時にはいつもカナルタイプのヘッドフォンを耳に差し込み
音楽を聞きながら眠りにつくことにしている。
わりあい寝付きの良い方なので、たいていは1曲めの途中か
遅くても2曲めを聴いたあたりですっかり夢の中だ。

そんな睡眠導入音楽として選ぶのはいつも、
当然ながらビートがはっきりしてるものや、ハデでノリノリな音楽ではなく
安らかに眠りを誘う音楽… 、
つまり、アンビエント、ドローン、モダン・クラシカルあたりからの選曲となる。
ま、僕の場合、普段でもこのあたりの音楽ばかり聴いてるんですけどね。

さて、ここ数年でこの睡眠導入音楽として一番聴いているのはなんだろうと考えた時、
すぐに思い当たるのが「A Winged Victory for the Sullen」だ。
ア・ウイングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サレン、
直訳すると「不機嫌のためのニケ(ギリシャ神話の翼の生えた勝利の女神)」?。


淡青のバックに裸の物憂い女性が線画で描かれた美しいジャケットデザイン、
これに惹かれて何の予備知識もないまま聴いたのが、たしか3,4年前のこと。
それが2011年に発表された彼等の1stアルバムだった。
このアルバムに関してはどこかのサイトで「もっとも美しいアンビエントミュージック」みたいな紹介文があったと思うのだが、いやほんと、じつにその通り。
その美しいクラシカル・アンビエントな音世界にうっとりと聴きいってしまった。

あまりにも抽象的なだけのアンビエントやドローンミュージックは、
最初は気持ちよくていいんだけど、
そのうち退屈になり、後になったら何も残らなかったりする。
あまりにもキレイなだけの音楽は、最初はいいんだけど、
だんだんそのキレイキレイさが鼻についたりする。
そんな僕にとって、彼等の「沈みこみ感」と「美しさ」が絶妙なバランスにブレンドされた音楽は、まさしく、どんぴしゃりのツボだったのだ。

さて、どんな人達なの?と調べてみると… 、
ダスティン・オハロランと、スターズ・オブ・リッドのアダム・ウィルツィー、
この二人のプロジェクトだと分かってびっくりした。
両者ともにお気に入りで、よく愛聴していたアーティストだったからだ。

ダスティン・オハロラン(Dustin O’Halloran)はロスアンジェルス生まれ、現在はベルリンを拠点に活動するモダン・クラシカル系の作曲家、ピアニスト。
一般的にはソフィア・コッポラ作品「マリー・アントワネット」のニューウェーブ趣味爆発のサントラの中に、一服の清涼剤のようなピアノ作品を数曲提供したことで有名。
最近はサントラ作品が多いけど、僕は2011年に発表した「Lumiere」がお気に入りで、これも睡眠導入音楽としてよくお世話になっている。

かたやスターズ・オブ・リッド(Stars of the Lid)。
アダム・ウィルツィー(Adam Wiltzie)とブライアン・マクブライド(Brian McBride)によるテキサスで結成されたアンビエント、ドローン・ミュージックの二人組。
前述の理由で僕はドローン系の音楽はそれほど意図しては聴かないのだけど彼等は別。
ストリングスやホーンも溶け込んだモダン・クラシカル感漂う美しいドローン。
2007年に発表された2枚組120分の名盤「Stars of the Lid And Their Refinement Of The Decline」はよく聴いたけど、それ以後、スターズ・オブ・リッドとしては作品を発表していないようだ。
もう、やらないのかな。


さて、このダスティン・オハロランと、アダム・ウィルツィー(スターズ・オブ・リッド)が組み合わさったA Winged Victory for the Sullen。
なるほど、言われてみれば、まさにこのアーティストたちの組み合わせによって生まれた音楽だ。
美しく沈み込むドローンアンビエントに、これまた美しいピアノの旋律。
それらがたんに組み合わさっただけではなく、融け合って素晴らしい相乗効果を生み出している。

あ、彼等の2ndアルバム「Atomos」についても書こうと思ったけど、長くなってしまった。
続きは次回。

とりあえず1stアルバムより「A Requiem for the Static King Part One」のオフィシャル・ミニムービーを貼っておきます。



2015/05/14

Nigel Stanford 科学と音楽

最近、ちょっと気になったエレクトリック系ミュージシャンのナイジェル・スタンフォード。

去年発売されたアルバム「Solar Echoes」からのカット「CYMATICS」のPVが
こりゃスゴイ!と話題になってあちらこちらで紹介されたりシェアされたりしたので、
それを見て彼を知った人も多い筈。
実は僕もそのクチで、遅ればせながら最近知りました。

で、まだ見たことのない人は、まずはゼヒご覧ください。
去年6月にYouTube公開、現在のところ660万回再生の話題作。

CYMATICS: Science Vs. Music

音の周波数に反応して形を変える粒子や液体や炎、
これって科学系サイトで公開されてる実験の様子をおさめた動画等で
皆さんもネット上で一度は見たことがあるのではないだろうか。
「えー、こんな動きするの?」「わー、きれい!」みたいな感じで、
思わぬ展開に驚かされる科学的現象の数々。

それらを利用して、自らの音楽に上手く組み込んだのが、ナイジェル・スタンフォードのこのPVだ。
サブタイトルにScience Vs. Musicとある通り、まさに音楽vs科学実験、
次々と生み出される音をまるで具象化するように、様々な現象が現れては消えていく。
くうー、かっこいいー。

日本では科学の実験をエンタメ方向に持って行くと、でんじろう先生になっちゃう訳だけど(笑)
こっちは大違い、クールにスタイリッシュに決めて、
そして最後はついにナイジェル対ステラコイルの一騎打ちで、PVは幕を閉じる。
(あ、これもでんじろう先生やってたな)

下記にはそれぞれの実験の種明かしというか、メイキングの映像も上がってます。

ニュージーランド出身で現在ニューヨークを拠点に活動するナイジェル・スタンフォード、
またの名をジョン・スタンフォード、もしくはナイジェル・ジョン・スタンフォード(ややこしいな)。
マッシブ・アタックあたりから影響を受けてそのキャリアをスタートさせたらしく
なるほど、アンビエントでスペーシーなエレクトリック音楽を展開している。
しかし、そのサウンドはダウンテンポというより、プログレ、ニューエイジ風味が強い。

ここで、アルバム「Solar Echoes」に収められた他の楽曲も聴いた上で、
ちょっとカラクチの事を言わせてもらう…と、
楽曲単体で見るとそれが素晴らしいオリジナリティーに溢れた
唯一無二の出来栄えかと言われると、僕にはそうとはちと言いづらい。
やはり、どこかで聞いたよなニューエイジ音楽っぽさはどうしても拭えない気がする。

しかし彼の場合、このビデオのような
映像を含めた展開こそを、その作品として評価したいという気がする。
そうであれば、要注目のアーティストである事には間違いない。

また、動画共有サイトで目にする映像のアイデアを自分の作品の中に取り込み、
(これはそうではないかと筆者が想像するのだが)
そして出来上がった作品を、これも動画共有サイトを通じて拡散させていく。
という、いかにも今日的な手法にも興味をそそられる。

前作にあたる彼の作品はと言うと、
大自然の美しさを壮大に見せるタイムラプス動画「TimeScapes」、
このサウンドトラックらしい。
感動的な映像のバックにギルモアばりの泣きのギターをフューチャーした
後期Pフロイドみたいなドラマチックな楽曲を展開している。



で、この手の映像も、そう言えば動画サイトでお馴染みなんだよなー。
なーるほど、やっぱり、と何故か得心してしまうワタシ。

カツモクして今後の動向に期待しましょう。

2015/03/23

Deaf Schoolと葡萄畑の話


長生きはしてみるもんだ、とつくづく思う。
びっくりしちゃうよね、こんな事が起きるなんて…。

もう一週間以上も前の話になるけど14日の土曜日、
旧友あおちゃんから去年、その話を聞いて以来、
ずーっと心待ちにしていた「Deaf School」のライブに出かけてきた。
3年前にも来日公演をはたしていたらしいが、その時は残念ながら情報を掴めず見逃してしまっていた。
しかし、今回は見逃さないよ。
それになにより、今回のライブのオープニングアクトを務めるのは他でもない、
あおちゃん率いるスペシャル再編成の「葡萄畑」なのだった。
これは何を置いても、見にいかざるを得まい。

スペシャル編成の「葡萄畑」は、あおちゃんの現在のバンド「BANDA PLANETARIO」との混合メンバー。

Deaf Schoolと葡萄畑の話を少し…。

今から40年近く前の話、
まだまだマンガやイラストの仕事を始めていなかった二十歳すぎの僕は、
その頃、新宿の輸入レコード屋さんでアルバイトをしていた。
HMVやタワーレコードといった大型店が出現する以前、
輸入レコードってのはまだまだマニアックなもので、
当時の輸入レコード屋さんは、ちょっと独特の文化圏を形成して、
音楽に敏感な最先端人間の情報交換場所であったり、
ニッチな音楽オタクの避難場所であったりした。
つまり、音楽好きの僕にとっては、
これはもう実に夢の様な職場で(給料が安いのが玉にキズだけど)、
そして、そこで出会った人やモノや出来事は
その後の人生の大いなる糧となってくれたのだった。

そのお店にお客さんとして来ていたあおちゃん、
バンド「葡萄畑」のボーカル青木和義氏と知り合えたのも
その大いなる糧の最たるものだと思う。

僕としては、高校生時代に葡萄畑のライブを見たこともあるし
(その時は小阪忠のバッキングバンドだった)
今野雄二氏がMCを務めていたテレビ音楽番組「NOK」に葡萄が出演していた事もあって
あおちゃんはまさに憧れの存在だった。

セイラーや10cc、スパークスやロキシーといった
一癖も二癖もあるポップミュージックが好き、という共通の趣味のお陰で、
あおちゃんとは親しくなっていったのだと思うのだが、
そのきっかけは何と言っても、
「Deaf School」だったと記憶している。

「Deaf School」は1976年に登場したリバプール出身のバンド。
アート・スクール出身、
シニカルでひねくれたポップ感覚、
男女混合の大所帯編成が繰り広げる多彩な楽曲、
映画のワンシーンを思わせるドラマ仕立ての展開、
そんな……、ブリティッシュポップ…。
前述の趣向を持つ人間として、このバンドが好きにならない訳がない。
彼らのファースト・アルバム「Second Honeymoon」は、
あっという間に当時の僕のお気に入りの一枚になっていた。


しかーし、
上には上がいるもので、
レコード屋さんのカウンター越しにあおちゃんこと青木さん曰く
「いいよね、デフ・スクール
 だから早速彼らに手紙を書いたんだよ。
 すると向こうから返事が来てさ、
 せっかくだから、日本でファンクラブを作ろうという事になって、
 君も入る?
 デフ・スクール・ファンクラブ」

なんせ古い話なもんで、記憶違いによる相当の脚色はあるものの
たぶんこんなやりとりがなされたのではないかと思う。

あおちゃんの横には、当時美術大学生だったS君(後のスージー甘金氏)がいて
あおちゃんに頼まれて作ったデフ・スクール・ファンクラブ・バッジを
カウンター越しに僕にも差し出してくれたのだった。

のではないかと思う、、、。

これがその時のバッジ(画像はあおちゃん提供)

さて、そんなこんながあり結成されたデフ・スクール・ファンクラブも、
たいした活動をするでもなく、
会員バッジを作っただけで、時の狭間に忘れられていった。

当のデフ・スクールも、
その後起こったパンク、ニューウェイブの荒波にもまれながら
「Don't Stop the World」「English Boys / Working Girls」と全部で三枚のアルバムを出したものの、
それらが大してヒットするでもなく、1978年にはなんとなく解散してしまったようだった。

しかし、そのデフ・スクール・ファンクラブをきっかけに始まった
あおちゃんとのお付き合いはそれからも続き、
氏にはその後も、ほんと、いろいろな事を教わる事になる。
フェリー二の映画、ニーノ・ロータの音楽の素晴らしさ…、
一緒に行った京橋フィルムセンターで見たアラン・レネの「夜と霧」「去年マリエンバートで」…、
ニュージーランドのバンド、スプリット・エンズの楽しさ…、
数え上げればきりがない。

それだけではなく、
あおちゃんが葡萄畑解散後に結成したテクノバンドにメンバーとして加えていただき、
「渋谷ジァン・ジァン」でマンスリーライブを行ったりした。
そのバンド解散後、ポリドールのディレクターとなったあおちゃんのお仕事
「今野雄二さんプロデュース/ANYWAYS」のジャケットワークをやらしてもらったり…もした。
その後も、、、、エトセトラ、エトセトラ。
ほんと、いろいろとお世話になったなぁー…と、あらためて感じる。


さて時はめぐり、話はもどる。

件のデフ・スクールさん、
ちっとも知らなかったが、彼らは10年ほど前に再結成を果たし
現在も継続的にライブ活動を行っている様子。
で、その二度目の来日公演が先日のライブだった訳である。

そして、そのフロントアクトに、あろうことか葡萄畑!

僕としては、この奇妙な偶然というか
時を経た必然というか、、、
そんなものに心踊らせられないわけがない。

決して広くない高円寺のライブハウス、
そこで繰り広げられる「葡萄畑」と「Deaf School」の共演に
その素晴らしい演奏に、
僕は只々胸を熱くしてステージを見つめるのだった。
長生きはしてみるもんだね。
びっくりしちゃうよね、こんな事が起きるなんて、ったく…。

ライブ後、Bette Bright、Enrico Cadillacと一緒に写真撮ってもらったりして…


ちなみに、これは1977年の葡萄畑、
前述のテレビ番組「NOK」でのライブ。

こっちは同じく1977年のデフ・スクール「What a way to end it all」
やっぱり、かなり通じるものがありますね。


葡萄畑に関する記事はこちらにもあります。

葡萄畑の夜(2009/10/28)

葡萄畑 プレゼンツ BANDA PLANETARIO(2009/12/26)

2015/01/12

Another Green World


本年最初の新作を一点。
タイトルは「Another Green World Ⅱ」とした。

昨年末「赤い芍薬」を描いているうちに現れた
植物からほとばしる精気のようなイメージ…
これをもっと描きたくなって、
以前描いていた「Another Green World」という作品を再構成、
描き直してみた。

ちなみにタイトル「Another Green World」は
ご存知アンビエントの巨匠ブライアン・イーノのアルバムタイトルから拝借した。


1975年(今から40年前!?)に発表されたこのアルバムは、
それまで2枚のソロアルバムとは異なり、
イーノ独特の屈折したものではあるけれど所謂ポップ・ミュージックから、
今日のイーノの代名詞とも言えるアンビエント・ミュージック、
その片鱗が初めてその姿をみせたエポックな作品として知られている。

同年、自身のレーベル、オブスキュアから発表された
初のアンビエントアルバム「Discreet Music」で
それは決定的なものになるんだけど、
言ってみれば、後のイーノ作品に繋がる分水流となったような作品だ。

その後のアンビエント作品はもちろんだけど、
ポップ、ロックとアンビエント、実験音楽を
行きつ戻りつつしているこのアルバムが僕は割りと好きで、
時折、タイトル曲「Another Green World」や
「Sombre Reptiles」が無性に聴きたくなる。

それもあって、怪しい植物世界のイメージが頭の中に生まれた時
この「Another Green World」というタイトルがすんなりと浮かび、
それを拝借することにしたのだった。


こんな感じの連作を描いてみたいな…、
と、思う。
出来上がった作品を並べると
架空の植物園みたいになれば面白いのだけど。

2013/04/14

岡村ちゃんライブ

昨日は待ちに待った岡村ちゃんライブ、Zeppダイバーシティへ。

大迫力ビートにリメイクされたお馴染みの楽曲、キレキレのダンシン、
これぞエンターテイメントなオカムラちゃんワールドに大コーフン!
やっぱ、あの動きはナミじゃないですよ。

で、コーフン冷めやらぬまま、楽屋に挨拶に行く。

岡村ちゃんとは、、、、
思えば10年程前、岡村と卓球「New Wave Boy」(不幸にも発売される事がなかった)の
ジャケットイラストをやらせてもらったりした経緯もあるのだが、
残念ながら、未だお会いした事はなかった。

それが去年の暮れに、氏の覆面ユニット「OL Killer」のTシャツイラストを頼まれたりして、再び邂逅。
で、今回のライブ後、初めてお会いする事が出来た訳である。

短い時間ながら、あんな話こんな話をする。
「OL Killer」のTシャツイラスト、気にいっていただけたようでうれしい。
電気グルーブとの奇妙なシンクロニシティも話題にあがる。
(電グル「Missing Beatz」ジャケットと、OL KillerTシャツイラストはほぼ同時期に依頼が舞い込んだ。
 それも双方とも80年代テイストをピンポイントで希望。
 これは10年ぶりに、岡村卓球が何かを企ててんのかなと思いましたよ、私は。
 でも、結局は、全くの偶然だったというから驚き!!)

今度はぜひ、「OL Killer」も見に行きたいもんです。

バリバリ80年代タッチの「OL Killer」Tシャツイラスト
「OL Killer」のライブ会場で販売されています!

2013/01/24

30年ぶりの「地図と記号」

TwitterやFacebookなどで、電気グルーヴのCDジャケットの事が
ちょっと話題になっているようなので、このブログでも少し書いてみようかなと思う。

前作の20周年記念アルバム「20」から3年半、しばらくお休み気味だった電気グルーヴが、
久しぶりのニューアルバムを2月にリリースする。
で、先行シングルとして1/16にリリースされたのが「Missing Beatz」。
そのCDジャケットになっ、なんと!
私の30年も昔のまんが「地図と記号」の絵がドドーン!と使用されているのだった。
これって、、、すごい事かも、、、。

このお話は、去年暮れ近くにキューンミュージックの方からいただいた。
「電気グルーヴの二人が「地図と記号」タッチのイラストをCDジャケットに使いたがっている。
 メンバー的にはマンガ「地図と記号」の絵がベストなのだが、カラー作品が必要なため
 同様のタッチで色付きの作品を見せてもらえないだろうか。」という事だった。
早速その当時(80年代前半)の作品をいろいろ取り揃えて選んでもらったのだが、
(この辺りのいきさつは、前々ブログ「線が走っている」を参照)
結局セレクトされたのは、当初のインスピレーション通り「地図と記号」の一コマであった。
上手い具合にカラー版「地図と記号」という作品があったので、それを使っていただく事となった。
やー、めでたしめでたし。


さて、さっきから「地図と記号」「地図と記号」って書いてるけど、
なんなのよソレ?とおっしゃる方も多いと思う。
つーか、ほとんどの人がそうではないかと思う。

説明しましょう。

「地図と記号」というのは、私がかれこれ30年以上も前に発表した短編マンガ作品である。
このマンガはまず、81年の5月号の「ガロ」に初掲載された。
79年の入選作品以後、継続的に「ガロ」には作品を発表していたが、
その三年目に発表した作品という事になる。

「地図と記号」表紙 1981年


この作品は発表当初より、わりと評判がよかったりしたので
翌82年に「宝島」より、当時の短編マンガを集めた二冊目の単行本を出版した際には、
その表題作として巻頭に収録した。

翌83年には思索社よりカセットブック「エレファント・マニア」を出版。
カセットブックというのは文字通り、音楽を収録したカセットテープと本を組み合わせたもので、
その目新しさで当時、ちょっと流行ったミックスメディア出版物だった。
ニューウェーブ満載のカセットマガジン「TRA」とかも話題を集めていたし、
なにより同じく思索社のシリーズ作品として、坂本龍一氏が「AVEC PIANO」
(戦メリのピアノ・ヴァージョン。後に「CODA」としてCD化)を出版していた。

で、私もこの「エレファント・マニア」では、
短編マンガや物語をいくつかブックレットに掲載し、
それらを楽曲化したものをレコーディングし、カセットに収めたのだが、、、
さて、ここでもまた「地図と記号」を再登場させている。
自作の楽曲を添えると共に、ブックレットではカラー版にリメイクして再収録したのだった。

今にして思えばこの「地図と記号」
たった16ページの小作品(カラー版は12ページ)なんだけど、
やっぱり思い入れがある作品だったんだろうね。

「エレファント・マニア」収録 カラー版より 1983年

さてさて、そんな作品ではあったが、、、
時の流れと共に、単行本もカセットブックも絶版となり、
やがて忘却の彼方へ、歴史の暗闇の中へと、消え去ってしまってから随分と久しい。


しかーし、
そんな埋もれたマイナーなモノを憶えているような奇特な人も世の中にはいるもので、
まさしく電気グルーヴのお二人も、そんな人達だったようだ。
で、今回の話、
電気グルーヴのCDジャケットの話となった訳である。

発売されるまでは、
こんなの今更って感じじゃないのかな、、、大丈夫?と思わない訳でもなかったのだが、
発売日以後、ネット上での書き込みやレビューを見てみると、
全体的に好意的なものが多く、思ったよりリアクションも大きくて、ものすごく安心している。

という訳で、30年分のホコリをパタパタと払って、再び陽の当たる所に引きずり出していただいた
石野卓球氏とピエール瀧氏には、ただただ、感謝するのみである。
80年代フレーバーあふれるポップなエレクトリックナンバー「Missing Beatz」
このジャケットが、楽曲のイメージアップに一役買う事を願わずにはいられない。 

電気グルーヴ「Missing Beatz」2013年

ちなみに、マンガ作品「地図と記号」はこちらで公開しております。
もしよかったら、ご覧ください。>>>オンラインコミック「地図と記号」


2011/11/22

ありがとう Keith kenniff

テレビを見ていたら、CMから聞き慣れた音楽が流れ出してきてはっとした。
驚いたのは、それがKeith kenniffの「Goldengrove v2」だったからだ。
この曲はKeith kenniffが今年の1月頃ネットで発表した曲(SoundCloudで公開した)。
1分半くらいと短い曲ながらも、マイケル・ナイマンや
フィリップ・グラスを可愛らしくした感じの曲調で、
またヤン・ティルセン(アメリ!)もばっちりと彷彿とさせ、
この手の叙情派ミニマル音楽が好きな人にとっては、たまらない出来上がりとなっている。

広告の主はiPhone4sだ。
アップルのCM音楽のセンスがいいのは、今に始まった話ではないが
それでもKeith kenniffの起用にはちょっとドキドキしてしまった。


元の曲はこちら。
  Orchestral - "Goldengrove v2" by unseenmusic


Keith kenniffはアメリカ、ポートランドのエレクトロニカ系ミュージシャン。
様々な名義やユニットを使い分け、多才な音楽作品を生み出し続けている。
アンビエント感ただようエレクトロニックサウンドのHelios名義が一番有名か。
他に、ポスト・クラシカルのフィールドに入るであろうシンプルなピアノ作品を生み出すGoldmund。
奥さんのHollie Kenniffと組んだMint Julepでは、
彼女のボーカルをフィーチャーしたシューゲイザー的エレクトロポップ。
また、Keith kenniff本名ではサウンドトラックなども手がけている。
実に多才ですね。

さて、Keith kenniffと言えば忘れてはならないのが、
今年6月に発売されたコンピレーションアルバム「For Nihon」だ。
彼は3月11日の日本での地震直後、すぐさま「Nihon」というピアノ曲をネットで発表し、
世界に震災への支援を広く呼びかけた。
これだけても素晴らしいのだが、
さらに彼は妻のHollieと共に様々なミュージシャンに呼びかけ、
このコンピレーション「For Nihon」を完成させ、まずネット配信、それからCDでの発売を行った。
参加したミュージシャンは世界中のアンビエント、エレクトロニカ、ポスト・クラシカルの音楽家達38組、
Rhian Sheehan、Dustin O'Halloran、Ryuichi Sakamoto、Max Richter、
Olafur Arnalds、Peter Broderick、Alva Noto、、、等など。
もちろん、Keith kenniff自身も前述の様々な名義で参加している。
このアルバムの収益金は、ニューヨークに設立されたNPOジャパン・ソサエティーの
Japan Earthquake Relief Fundに100%寄付される、とのこと。

震災のチャリティーで出来上がったというのが、なんとも皮肉ではあるが、
それにしても、この「For Nihon」
文句なしに素晴らしいコンピレーションアルバムである。

どの曲もどの曲も、
あたたかく、やさしく、そして美しい、、、。

ありがとう。Keith kenniff。

2009/12/26

葡萄畑 プレゼンツ BANDA PLANETARIO

一週間近く前のネタで恐縮なのだが、12月20日に行われたライブのレビューログをひとつ。

10月27日新宿ロフトで行われたライブに引き続き、
BANDA PLANETARIOと葡萄畑のライブを見に行ってきた。
(バンドの解説や、その時のライブの様子などは、こちらのブログ「葡萄畑の夜」を)

この日のイベントは、和久井光司氏仕切りということで、浅草橋(!)にある小ぶりのライブハウスで行われた。
出演は和久井さんのバンド「the BMW」に、「葡萄畑ご一同様」、
そしてスペシャルゲストに「泉谷しげる」というラインナップ。
どうやら、10月のロフトで共演した和久井さんから葡萄に声がかかり、
11月和久井さんが音楽プロデュースを務めた「エレック唄の市2009」をきっかけに、
泉谷しげる氏が急遽、乱入参加という形になったらしい。
ちなみに、同じくロフトでの共演をきっかけに、BANDA PLANETARIOの紅一点バイオリン
「アッキー」こと秋久ともみちゃんは、「エレック唄の市2009」から泉谷氏のバッキングに参加している。
音楽家のつながりってのは、なかなかあなどれませんね。

まずはBANDA PLANETARIO登場。左からアッキー、吉井くん、あおちゃん、よっちゃん。

2度目のバンプラ体験。
前回のブログでも書いているように、どこかヨーロッパあたりのロードムービーを想い起こさせる
叙情的で牧歌的で、日向のぬくもり系で、酒場の片隅系なインストルメンタル・ミュージックの数々、、、。
うーん、やっぱ、グッドですね。
欲を言えば、数曲でいいから唄モノ、
それも、ちょっとこなれた感じの女性ボーカルなんかが入るとたまんないだろうな、、、と思わせる。
どっかにいないか、和製テレーザ・サルゲイロ。

続いてオリジナル葡萄畑メンバー、佐孝さん、本間くん、マイケルが加わり、葡萄畑2009に変身。
ドラムのマイケルがリハーサルが出来なかったらしく、いきなりドカドカ始まり、
メンバー一同あっけにとられる一幕もあったが、そこはご愛嬌。
なんせ、前回ロフトでは、ドラムがなくてダンボール叩いてたんだもんね。
そんな感じで始まったステージ、青ちゃんのぐだぐだMCをはさみつつ、いつものなごやかなムードで、微妙にもりあがり、
「お嬢さんおてやわらかに」「夕飯は御仕舞」など、数々の幻の名曲を披露した。
写真はアッキーの後ろに謎のアコーディオン弾き佐孝さん、吉井くんのギターネックで顔がかくれた本間くん、
ステージ奥でぜんぜん見えなかったマイケルがその後ろにいる筈、、、。

個人的には、僕がその昔、葡萄畑解散後のあおちゃん佐孝さんとやっていたテクノバンド、
「Metropolis」時代にもレパートリーにしていた隠れた名曲「ねじれ男」が、ものすごくナツカシうれしかった。
だいたい葡萄畑の存在自体が隠れているもんだから、
そんな彼らののレコードにもならなかった隠れた名曲となると、隠れてるは隠れてるは、
まるで重箱の隅をつっついても見当たらなくて、なんだ、ふたの裏にくっついてたじゃないの!
くらいのレアな曲である。
でも、ホント良い曲です。いつか、なんとか世に出ないかな、、、。

こんな感じの葡萄畑 プレゼンツ BANDA PLANETARIO、
次回のライブは来年2月、あおちゃんの地元、国分寺方面でやるそうです。

さて、イベント自体のトリを飾ったのは、当然、泉谷しげる氏。
唄の市の九段会館同様、カンレキをモノともしない暴れんボー!なステージを繰り広げたが、
なんせハコが小さいぶん、その破壊力は2倍にも3倍にも膨れ上がっていた。
こちらも、あー面白かった。

2009/11/29

エレック唄の市2009

和久井光司氏からのお誘いで、九段会館で開かれた「エレック 唄の市 2009」に行ってきた。

「エレック 唄の市」と聞いて、「えーーっ!あの!唄の市をまたやるの!?」と、
ついイジョーなテンションで反応してしまうのは、、、
間違いない、そいつはあの時代の「フォーク者」(推定年齢50‐60余歳)に違いない。
かく言う私もそんな一人に違いなく、この知らせを聞いて一も二もなく
「むむむ当日は何を置いてもかけつけなくては、、、」と固く心に決めてしまったのだった。

エレックに関して、ちょっとだけ、つたない説明を、、、。
エレックレコードは1969年に創設されたインディペンデント・レコード・レーベル(76年消滅)。
つまり、インディーズ・レーベルの先駆的存在なワケで、
70年代初頭、若者を中心にフォークソング、プロテストソングの大ムーブメントが盛り上がりを見せる中、、
吉田拓郎、泉谷しげる、古井戸などをかかえる、ムーブメントの中核的存在であった。
同じフォークソングの代名詞的なレーベルとして「URCレコード」があるが、
こちらは高石ともや、岡林信康、五つの赤い風船、加川良など、所謂関西フォークの多くを世に出し、
さながら、東のエレック、西のURCといった感じで、一大フォークブームを盛り上げていた。
で、そのエレックレコードが当時行っていた看板イベントが、
同レーベルのアーチストたちをメインの出演者に据えた「唄の市」だったのだ。

その伝説のコンサートが、なんと35年ぶりに蘇るという今回の「唄の市2009」。
出演者は泉谷しげる、古井戸の加奈崎芳太郎、生田敬太郎、佐藤公彦(ケメ)
ゲストにChar、中西康晴、浦沢直樹、和久井光司バンド、ザ・アウトロウズ。
唄の市そのものではなかったけれど、当時、このメインの出演者たちのコンサートを僕も何度か体験した。
それは、そう、ちょうど35年前、僕がまだ高校生だった時のことだ。
懐かしくないわけがない、、、、。

さてさて、そんな「唄の市」だったが、、、
その出演者のラインアップから、ある程度は予想してとおり、ほぼ「泉谷しげるワンマンショー」状態であった。
泉谷自身も何度も「なんで拓郎は来ないんだ!チャボがいない古井戸は、たんなる井戸だ!」と叫んでいたが、
いや、実にその通り、、、。
見ていた古くからのファン達の思いも同様であったろうと思う。
それでも、その空いた穴を力の限りに埋めようとする泉谷のサービス精神、、、、
これには、会場が一体となって(いささか年齢層は高かろうが、、、)盛り上がりを見せていた。
いやあ、よかった。よかった。

それと、もうひとつ、、、。
今年は、忌野清志郎、加藤和彦と相次いで、この音楽シーンに関わりの深いミュージシャンが亡くなってしまった。
これについてもライブ中、泉谷が何度か言及していたが、
やはり、これは、とても残念で、とても淋しいことだ、、、。

だからこそ、今、元気な人にはがんばってもらいたい。
もっと、もっと、音楽を通して、自分たちと同時代を突っ走ってほしい、、、
こんな思いが、盛り上がりを見せる聴衆のそれぞれの胸に、
ひとつひとつ、しっかりと刻みこまれていたのではないだろうか、、、。

出演者会場一丸となってジャンピングの連続!

2009/11/03

「THIS IS IT」

11月3日現在、マイケル・ジャクソンのライブリハーサル風景を収録した映画
「THIS IS IT」は大ヒットを記録し、2週間の限定公開期間が4週間に延長された。

少しネタバレっぽくなってしまうかもしれないけど、
いや、大丈夫、僕がちっとやそっと書いたとしても
この映画が持つ力や魅力については、千分の一も伝えられないに違いないと思い直し、
昨日この映画を見て感じたことを、いくつか記すことにする。

ご存知のとおり、この映画は今年の夏ロンドンで行われるはずだった
マイケル最後のコンサート「THIS IS IT」のリハーサルの様子を収めたものである。
公演数ヶ月前(4月から6月)のリハーサルということで、マイケルとダンサー、バックミュージシャン、スタッフ達は、
楽曲のアレンジや、コンサートの演出、いわゆる段取りをつめている、まだまだ途上で、
当然ながらマイケルも本気で歌ったり、踊ったりはしない(特に映画前半は)。

しかし、それでもスゴイのだ。
リハということで、マイケルはそれらのパフォーマンスを何割くらいの力でやっているのだろうか?
半分くらいだろうか、、、それとも、1、2割くらいで流しているのだろうか?
もし、これがフルのパワーで、歌い、踊ったとしたら、どれくらいスゴイんだろうかと背筋がざわつく。

つまり、この映画は、素材集なのだ。
コンサート「THIS IS IT」を完成させるための、
まだまだ未完成の素材やパーツが、この映画には記録されている。
我々はそれらを目撃し、各々の頭の中で、
いまや幻となっていまった、このコンサートの本公演に思いを馳せることになる。
マイケルのパフォーマンスが、楽曲のアレンジが、ミュージシャンの演奏が、
照明、映像、舞台演出、ダンサーの振り付けにいたるまで、
これら全てのパーツが完成し、目の前に繰り広げられたとしたら、どれほどのものになっていただろう!、、、と。
それはきっと信じられないくらい素晴らしい体験になったにちがいない。
そして、その時、もうひとつの事実を知ることになる、、、。
それは決して見ることができないものになってしまった、、、。
我々はなんと、大きなものを失ってしまったんだろう、、、と。

さて、この映画のもうひとつの最大の魅力は、
リハーサルの合間合間に映し出される「人間マイケル・ジャクソン」の素顔だろう。
このライブにかける彼の情熱、妥協のない姿勢、スタッフに対する心遣い、自問自答、、、
それらの言動のひとつひとつを追っていくごとに、
映画のサブタイトルそのままに、「誰も見たことのない彼に逢える」ことになる。
そこにいるのは、まさしく、マイケル・ジャクソンという人間だ。

偉大なるポップアイコンという存在ゆえか、
思えば、彼ほど誤解され、実像が見えない人もいなかったのではないだろうか、、、。
時を追うごとに加速する容姿の変貌、マスコミを通じて伝えられる奇行の数々、、、等など、
これらが、マイケルをどんどん、世間の一般常識から大きくはみ出した存在にしていった。
もちろん、理解のあるリスナーや熱心なファンにとってはそんな事はなかったのだろうが、
多くの人たちにとってマイケルは、80年代を頂点にしたかつてのポップスターであり、
数多くのゴシップや問題を振りまく、まるでクリーチャーの様な存在ではなかったろうか、、、。

正直に言おう。
かつては、「スリラー」や「バッド」で、彼の卓抜した才能に心酔させられた体験のある僕にとっても
2000年代以後のマイケルは「??、、、なんだかなあ、、、」という存在だったのだ。
今年の春、この「THIS IS IT」コンサートの制作発表記者会見の様子をニュースで目にした時も、
「またマイケルが苦し紛れに、なんか変なことをやるらしいなあ、、、」
という程度の浅墓な受け止め方をしてしまっていた。
かねてから、自宅ネバーランドの売却話などを含め、
マイケルが経済的苦境に立たされているという噂の渦中にあったせいだ。

それらの悪意に満ちた誤解と先入観、、、そのおかげで僕は、
「復活公演とも言える13年ぶりの本格コンサート」「マイケル最後のコンサート」
というこのコンサートの本来の意味を考える事もなかった、、、。
ところが、唐突に訪れた彼の不在によって、その本来の意味を知ることになろうとは、、、
なんという皮肉であろうか、、、。

また、もし仮に、それらの誤解と先入観のほんの一部が事実であったとしても、
「それが何なの?」「それがどうしたというんだ」と思わされるくらいの
圧倒的な才能であり、存在であったと言うことを
この映画は再認識させてくれるのだった。
まったくもって、自身の矮小な偏見と非寛容を悔やむばかりである、、、。

でも、そんな我々にもマイケルは、映画の中のスタッフに対してのように
「怒ってなんかいないからね、、、、L、O、V、E、、、」と、
声をかけてくれるだろうか、、、、、。

きっと、言ってくれそうな気がする。
映画の中のマイケルは、そんなやさしいオーラに包まれている、、、。

、、、、、というのが、僕の「THIS IS IT」を見て感じたことだ。

ちなみに、「スムーズ・クリミナル」も「マン・イン・ザ・ミラー」も
「ビリー・ジーン」も「スリラー」も、、、、どの曲もどの曲も素晴らしいのだが、
マイケルが心血をそそぎ立ち向かっていた環境問題、地球への思いを凝縮した
「アース・ソング」がもっとも心に残っている。

earth song

2009/10/28

葡萄畑の夜

昨日のブログの最後に書いたように、昨夜は
新宿ロフトで30日にわたって行われているイベント「Drive to 2010」に登場する、
「葡萄畑」&「BANDA PLANETARIO」のライブを見に行ってきた。
え?なに?ぶどーばたけ、、、?ばんだなんとか?
と言う人のために、もう一度、バンドリーダーあおちゃん、こと、青木和義氏による
バンド紹介を再録すると、、、。
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葡萄畑

日本ロック黎明期70年代に活躍した、伝説のブリティッシュロック系バンド。
渋谷ジャンジャンや深夜TVなどでの変態逆鱗なライブが大評判となった。
74年と76年に、明らかに人格の違う2枚のアルバムを発表。
小坂忠のバッキングなども務めたが、石油ショックの影響なのか?78年突然に謎の解散。
しかし、24年後の2002年、渋谷クラブクアトロで奇跡の復活ライブを敢行。
2004年には、何と26年ぶりに3rd アルバムを発表した。
その後、2年に1回の“絶滅危惧種ペース”でライブを続行中である。

BANDA PLANETARIO

葡萄畑の中心メンバー青木和義が3年前に結成した、
フィドル・マンドリン・アコギ・アコベによる弦楽四重奏楽団。
ヨーロッパ各地から流れ着き、北米アパラチア山脈周辺に広まったルーツ・ミュージックの数々。
それらの音楽への強い憧憬から結成され、バーなどを拠点に演奏活動をスタート。
最初は、アメリカーナやケルトミュージックを中心に演奏していたが、ある日突然、
オリジナル曲を演奏してみたところ、『我々の憧憬は我々自身の中にある』と気づく。
それ以来、オリジナル楽曲のみを演奏している。
多種多様な音楽文化が織り成す“フィルム・ミュージック”のような音像世界が、バンプラの真骨頂である。

Official Web Site(デモ音源試聴可能)
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、、、、となる。

僕と葡萄畑の人たち、
とくにあおちゃんとは、それこそ、古い、ふるい、フルーい!付き合いである。
なんてったって30年来の友人で、その最初の頃には一緒にテクノバンド(!)をやったり、
その後ポリドールに入ったあおちゃんの初仕事のレコードジャケットは
僕がイラストを描かせてもらったりと、、、ほんと、公私ともにいろいろご一緒してきた仲だ。

それに、あおちゃんの新バンド、BANDA PLANETARIOのベーシスト戸田吉則氏、
このよっちゃんとも、最近こそあまり会っていなかったが、古い、ふるい、フルーい!友達、、、
ぼくが「宝島」やってたときには、よーく一緒に遊んだよなあー、、、、、

おーっと、いかんいかん、こんな思い出話ばかり書いてたら、ぜんぜんキリがなくて
あっという間に、普段のブログの30日分くらいになってしまうぞ!
それに、いつまでたっても、ライブのレポートが出来ないじゃありませんか!

ということで、気を取り直していきましょう。
「葡萄畑」&「BANDA PLANETARIO」のライブレポート!

隣のメインステージから「頭脳警察」(これもスゴイ!結成40年の大迫力)の
過激な重低音が漏れ響いてくるなか、
新宿ロフトのサブステージ、バーステージにおいて「葡萄畑ナイト」は始まった。

まずはあおちゃんの新バンド、BANDA PLANETARIO、略してバンプラが登場。
あおちゃんマンドリン、ヨシンバの吉井くんギター、よっちゃんアコースティックベース、
秋久ともみちゃんフィドル(オリジナルのヴァイオリン担当に代わり今回から参加)、の4人編成。
基本的には、カントリー、ブルーグラスなどのアメリカン・ルーツ・ミュージックから
アイリッシュ・フォーク、トラッドなどのケルト・ミュージックのテイストが
色濃く漂うインストゥルメンタル音楽なんだけど、
それだけでも大好物音楽なのに、それプラス、ちょっとフェリーニ映画のニーノロータっぽい所や、
僕の大好きなポルトガルのバンド、マドレデウスっぽいところもあって、かなーーーり、いい感じ。
目を閉じて聴いていると、架空のセピアカラー、ロードムービーがじんわりと浮かんできます、、、(泣)。


左から吉井くん、ともみちゃん、よっちゃん、あおちゃん

そして、葡萄畑メンバーも加わり、葡萄畑ライブタイムがスタート。
参入メンバーは、本日ペーパードラムで参加する葡萄2代目ドラマー、マイケル、
ギターに本間さん、今回はミニアコーディオンを奏するキーボード佐孝さん、の3人。


左にマイケル、よっちゃんの後ろに本間さん、あおちゃんの後ろに佐孝さんが加わり、、、

あおちゃんもそのプロフィールに書いているように、70年代に出した葡萄畑の2枚のアルバムは
明らかに傾向の異なるサウンドのものだった。
ザ・バンドを彷彿とさせるアメリカン・カントリー・テイストのファースト、
ロキシー・ミュージック、10ccを彷彿とさせるブリティッシュ・ポップ・テイストのセカンド、、、
といった感じで、その音楽的矛盾も、このバンドが謎多きカルトな存在、伝説のバンド化している一因である。
ま、それゆえ、とらえどころのないバンド、、、と見られなくもないのだけど、、、。

さて、ライブでは、そのテイストの異なるファーストからも、セカンドからも、
両方からの楽曲がまんべんなく披露され、
で、それぞれの楽曲が、現在のバンプラに通じる
アコースティック・スタイルで演奏され、意外にとても調和がとれたものになっていた。
話がそのサウンド変遷に触れたときに
「あの時代に、僕らとしては自然な流れだった」と言うあおちゃん、なるほど、、、。
また、「ファーストとセカンドの流れを合わせて、突き詰めてやっていくと今のバンプラになる」
という言葉にもナットク、、、。
ま、そんなこんなで、懐かしい楽曲が、新たな形で演奏され、ヒジョーに楽しいひと時であった。

演奏終了後、今回のイベント仕切りのサエキケンゾー氏がMCで乱入。
あおちゃん、葡萄畑の略歴、プロフィールなどを披露した。
「青木さんは実はスゴイ人なんですよ、僕らパール兄弟の産みの親だし、
それ以外にも、松尾清憲、スピッツ、平沢進、などを手がけ世に出した、、、ほんとにスゴイ人なんです」
と、リスペクト・トークで会場を盛り上げてくれたが、その後に続く、ご本人あおちゃんのグダグダトーク、、、。
会場からは「あーあ、やっぱり」とため息がもれた。

で、そのサエキ氏からのリクエストもあって、再アンコール曲は葡萄畑の名曲「お嬢さん、おてやわらかに」!くくくーっ(大泣)。

と、いろんな意味で実に感動的な葡萄畑の夜であった。
また、近いうちにゼヒやってね。

2009/10/27

ライブ!ライブ!ライブ!!!

一昨日の日曜日から、イベントが続いている。
それも、ライブ3連発!

25日は、スターポエッツさんのパーティ。
スタポのお膝元、三宿のカフェ・シェリールにおいて、
竹中章恵ちゃん、眞田友恵ちゃん共著による「わたし時手帖2010」(ランダムハウス講談社)の出版記念と、
「スターポエッツ」の7周年のお祝いを兼ねたパーティが開かれた。

で、そのパーティでライブを行い、会場を大いに盛り上げたのが、
前述の竹中章恵ちゃん(ha*)と、tomioさんによる女子2人組バンド「M.A.G.O.」。
へんてこ変調変拍子の楽曲+ガールズパワー、(とくに章恵ちゃんのライブパフォーマンスが強力)
という感じのライブで、なんだか80年代ニューウェイブを彷彿とさせられて、
ホホエマしく聴かせていただきました。

「M.A.G.O.」さんのサイトはこちら。

さて、そのスタポパーティでDJを久しぶりに担当していたのが、遠藤聡明氏。
昨日26日は彼に誘われて、氏の企画するライブイベントが行われる恵比寿NOSに行ってきた。

聡明氏は、NOSでライブのブッキングや、ギャラリー部分の企画などを手がけていて、
僕も4年前「Technoicon2005」と題し、展覧会をやらせてもらったことがある。

で、昨日NOSで行われたライブは「スティーヴ・エトウ×竹内朋康=S.O.N」。
パーカッショニスト、スティーブ・エトウと、
SUPER BUTTER DOG、マボロシなどのギタリスト、竹内朋康による
インプロ感あふれる、いきあたりバッタリの即興ライブ。
スティーブ・エトウの変幻自在のパフォーマンス>>>実にかっこ良すぎ!!、の興奮ライブであった。
なお、当日の音源をその場でCDに焼いて販売したりもしていて、
この前の坂本龍一ライブ(その日の演奏を、ライブ後24時間中に
iTunesStoreでダウンロード販売した)も驚いたけど、
これは、もっとインディペンデントなライブを、もっとダイレクトに販売していて、ちょっとびっくり。
まさに、手焼きせんべい実演販売状態!
すごい時代になったもんですね、、、。

さてさて、ライブ3連発のラストはというと、、、、、
本日の夜、新宿ロフトで30日に渡って行われているイベント「Drive to 2010」、
このイベントになんと!「葡萄畑」が出演する!!!

バンマスあおちゃんから送られてきたメールによると、以下の通り。
----------------------------------------------------------
“葡萄畑”がPRESENTAする“BANDA PLANETARIO”による器楽演奏曲の数々。
葡萄畑の歌曲(含む未発表曲)も、BANDA PLANETARIOのいつものスタイル
“完全生Attitude”にて、大合奏する予定。ご期待のほどを。

葡萄畑

日本ロック黎明期70年代に活躍した、伝説のブリティッシュロック系バンド。
渋谷ジャンジャンや深夜TVなどでの変態逆鱗なライブが大評判となった。
74年と76年に、明らかに人格の違う2枚のアルバムを発表。
小坂忠のバッキングなども務めたが、石油ショックの影響なのか?78年突然に謎の解散。
しかし、24年後の2002年、渋谷クラブクアトロで奇跡の復活ライブを敢行。
2004年には、何と26年ぶりに3rd アルバムを発表した。
その後、2年に1回の“絶滅危惧種ペース”でライブを続行中である。

BANDA PLANETARIO

葡萄畑の中心メンバー青木和義が3年前に結成した、
フィドル・マンドリン・アコギ・アコベによる弦楽四重奏楽団。
ヨーロッパ各地から流れ着き、北米アパラチア山脈周辺に広まったルーツ・ミュージックの数々。
それらの音楽への強い憧憬から結成され、バーなどを拠点に演奏活動をスタート。
最初は、アメリカーナやケルトミュージックを中心に演奏していたが、ある日突然、
オリジナル曲を演奏してみたところ、『我々の憧憬は我々自身の中にある』と気づく。
それ以来、オリジナル楽曲のみを演奏している。
多種多様な音楽文化が織り成す“フィルム・ミュージック”のような音像世界が、バンプラの真骨頂である。

Official Web Site(デモ音源試聴可能)
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くうううーーーーっ!楽しみです。
スタートは9時半、ステージは新宿ロフト、バーステージ。
このライブだけは、隣のかみさんを質にいれても行かなきゃなんめぇ!

つーワケで、レポートは後日。

2009/10/04

ピエール・バルーの娘!?

昨日は永福町にある友人のお店「鶴吉」で催された
新潟の美味しいお酒とお料理の宴「新潟NIGHT」へ。
集まったのはおなじみ「恵比寿次郎長バー・オールドスクール」、改め、「苔のむすまで会」の面々。  
  (次郎長バーに関しては、いずれ、ゆっくり書こうかしら、、、)
宴は会長シズコさんを中心に、なかなか、なごやかかつハイテンションに盛り上がった。
僕も久しぶりに、日本酒をきこしめしたりしたもんで、すっかり、酔っ払ってしまいましただよーお。やれやれ。
ちなみにイラテック2号サトコは、前日の強行展覧会めぐりが祟ったのか、体調を崩して不参加。
残念でした。

さて、その席で、インテリア・デザイナーの野口君に面白いお誘いをうけた。
なんでも、僕の大好きなフランス人シンガー&プロデューサー、ピエール・バルー(!)、
この人が日本人女性と結婚していたのはなんとなく知ってはいたのだが、
その間に生まれた娘が、今ではすっかり大きくなって、自身もバリバリ音楽活動をしているとのこと。
そういう時代になったんですね、、、、(ちょっとため息)。
で、そのマイア・バルーのライブが本日クーリーズ・クリークで開かれるという。
「それは面白い、行く行く、ぜひ行ぐ」と、酔ったイキオイで約束してしまったのだが、
ここんとこ遊びすぎですっかりビンボーなのと、明日朝早くから大切な予定があるので、
どうしたものか、、、、と現在、ナヤミ中、、、、
多分今回はパスかな?

さきほどMySpaseでチェックしてみたのだが、
これがめっぽういい感じのライブっぽくて
ますます、ナヤむ、ナヤむ、、。


むかーし、雑誌のコラム用に描いたピエール・バルーの似顔絵。
その頃一度お会いしたことがあるんだけど、こんな感じのおじさんでした。

2007/06/04

チーフタンズ

先日、bunkamuraオーチャードホールにおいて、チーフタンズのライブを見た。

チーフタンズは結成45年(!)というメチャメチャに息の長い、アイルランドのまさに国宝級バンド。
9度目の来日になるという今回まで、なぜだかずっと機会を逃していて、そのライブを見る事ができないでいた。
でもついに!やっと念願がかなって、その演奏をナマで聴くことができたのだ。
くーーーーっ!じつに感激である。

僕が、チーフタンズの音楽に初めて触れたのは、もう30年以上も前のことになるだろうか。
スタンリー・キューブリックの映画「バリー・リンドン」に流れる「アイルランドの女」の甘く切ないメロディーに強烈に魅かれたのが、最初の邂逅だった。
早速サウンドトラック(ちなみに、この映画音楽はその年のアカデミーを受賞した)を買い求め、
聴き続け、以来そのメロディーはずっと僕の頭の片隅に住みついていく事になる。
ところがその当時、アイルランド音楽やケルトミュージックに関する情報は、ほとんど全くという程得ることが出来なかった。
そんな訳で、僕がチーフタンズの存在や、それがアイリッシュ・トラッドと呼ばれる音楽だと知るようになるのは、その一年後、コアな音楽ファンのたまり場であり情報発信地でもあった輸入レコード専門店でアルバイトを始めてからの事だった。1976年のことだ。

たしか当時の情報では明確にアイリッシュ音楽というモノは独立しておらず、アメリカン・フォーク・ミュージックに対して、そのルーツとなる英国系伝統音楽としてひとつにまとめられ、総称して「トラッド」と呼ばれていたように思う。
伝統音楽をふまえつつも、エレクトリック楽器を使いロック寄りな表現をしていたフェアポート・コンベンションや、ジャズ系のペンタングルなんかも、このくくりの中に一緒にされていたと記憶している。
ま、そんな「トラッド」シーンの中で、チーフタンズこそが王道であり、主役であった。

さて、そんな感じでアイリッシュ・トラッドと出合った僕だが、チーフタンズ以外のミュージシャンもマメに聴きこんで、すっかりケルトマニアになってしまいましたとさ、、、といった感じで、このジャンルの音楽にのめり込んでいった訳でもない。
それどころか、その頃以後の、僕の音楽嗜好の変遷は、まさしく転がる石のごとくである。

ちなみに、その転がる石の軌跡をアバウトに追ってみると、、、。
バイト先のレコード店では、当初プログレ担当だった僕は、すぐにパンクにガツンとやられ、テクノに没頭し、スカに小躍りしながら、漫画家やイラストレータとしてのキャリアをスタートさせることになる
(今思うとかなりハズカシイが、テクノな漫画家など呼ばれた、きゃっ!)。
以後、パワーポップ、ニューロマンチック、エスノ、ダブ&レゲエ、ラップにスクラッチにヒップホップ、
サイケにファンクにトランス、ハウス、アンビエント、、、等などなどブラーブラーブラー。
じつに様々な形容詞とジャンル名(?)を冠されて、現れては消えていった様々なスタイルの音楽に、僕は次々に熱中していった訳である。

閑話休題、ライブの話に戻すと、、、。

始まるや否や、僕はもう感激のあまり泣きそうになってしまった。
「おお、チ、チーフタンズが目の前で動いてるううう、ありがたやありがたやああ、、、」状態。
その感激は早くも、前半中ほどでピークを迎えた。
パディ・モローニが奏でるホイッスルによって「アイルランドの女」が演奏されたのだ。
うーーーん、30数年ものあいだ、熱い思いを抱きつ続けてきたあの音楽が、まさしく今目の前で演奏されているうぅ。くわあぁぁー、たまらーん。

改めて思う。 僕が様々な音楽を追い続け、あてもなくさまよっていた「なん十年」ものその間、、、、
その間チーフタンズは、ずっとチーフタンズだった。
彼らは、彼らの音楽をずっとひたむきに続けていたのだった。
当たり前のコトかもしれないが(当たり前かな?)その事自体が、ものすごく得がたいことと痛切に思う。
ああ、ほんとにチーフタンズがいてくれて良かったなあ、、、、しみじみ、、、。
まさしく、そんな感謝の念で胸をいっぱいにさせられたコンサートであった。