白猫エルモは度々脱走を企てる。
勿論そんなに外に出たいのなら好きにさせてやっても構わないのだけれど、
頭の先からシッポまで真っ白な猫だし、
家のまわりは結構な自然環境であるからして、
半日も外に出ていると、みるみる薄汚れた灰色猫になってしまうのだった。
そのままベッドにもぐり込まれても困るので、
そんな日は、家に帰ったとたんにお風呂場へ直行となる。
最近では、家へもどる=身体を洗われる、という図式を学習したせいか、
一度脱出するとなかなか戻って来ようとせず、
その捕獲に手間取る事もしばしばだ。
さて昨日は、梅雨の中休み、
久しぶりにカラッと晴れた良い天気。
で、窓を開けて空気を入れ替えたり、布団を干したりしていると、
件の白猫、案の定その隙をみて脱出に成功した。
家人と二人、小さなため息をつきながら
「ああ、また出ちゃったよ」とつぶやく。
、、、が、陽の光を浴びて、うれしそうに駆け回る姿が
なんとも微笑ましく、つい見とれてしまうのだった。
「やれやれ、当分、帰ってこないね」
エルモは颯爽と竹林を駆け下りてゆく。
2012/07/01
2012/06/29
2012/06/28
2012/05/11
嵐のあと
激しく降り続いた雨のあと、向かいの巨木が神々しく輝いているので
急いで表に出てみると、今まさに夕陽が沈もうとしている。
湿気を含んで霞む空気と、水田に映りこむ黄金色の空。
まるでバリの風景画みたい。
ふと振り返ると、でっかい虹。
まっすぐに地から天へと立っている。
ああ、驚いた。
それにしても、一日かけた芝生の養生。
せっかく撒いた目土が、すっかり流されちまったい ・・・。
2012/02/17
「銀座」
ちょっと前の話になってしまうけど、昨年11月、
長友啓典さんが発行していらっしゃる読むデザイン誌「クリネタ」から、
アンケートに答えるという機会をいただいた。
このアンケートは、毎回出されるひとつのお題に、
各界のソーソーたる人達が答えるという、この雑誌の名物コーナーのひとつで、
豪華なメンツの中に名前を加えさせていただいて、実に光栄なことである。
で、アンケートのお題は「銀座」。
銀座と言って思い出すのは、、、と、
たらたら文章を練ってはみたのだが、、、
ところが、アンケート回答の規定は200文字以内。
ぜーんぜん入りきらなくて、大幅に内容をカットして無理矢理制限字数に押しこみ、先方へと提出した。
さて、その大元の原稿を、このまま闇にホオムルのもナンなので、ここに載録してみることにした。
私にとって「銀座」とは、、、、、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「銀座で思い出したハズかしいラップの話」
若い頃ってのは、ハズカシイことの塊だったりする訳だけど、
銀座と聞いて思い出したそんなハズカシイ話をひとつ。
30年ほど前、
渋谷や新宿あたりの山手線のひだりっ側ばかりで遊んでいた僕にとって、
銀座という街は、ほとんど縁のない所であった。
どちらかと言うと、なんだかカッコ付けた退屈な大人の街、
というのが、僕が持っていた銀座のイメージだった訳だが、
裏を返して言うと、ビンボーでパンクな僕のような若者が
そうやすやすと馴染みになれそうな所ではなかったのだ。
さて、そんな僕が銀座にちょくちょく行くようになったのは、
当時、並木通り6丁目にレコーディングスタジオがあった為か、、、。
漫画家、イラストレータとして仕事を始めて数年、
その頃の僕には音楽制作の仕事というのも、幸運な事にちらほらとあって、
その折によく使わせてもらっていたのが、そのレコーディングスタジオ
「スモーキースタジオ」だったのだ。
(このスタジオはCharのホームグラウンドとして作られた伝説のスタジオ、
残念ながら現在ではもうないらしい)
ヒップホップ黎明期の立役者ビル・ラズウェルのプロデュースで、
日本語ラップ「TYOロック」をレコーディングをしたのも、そのスタジオだった。
なぜに、ニューヨークの大物ミュージシャンと、
名もない日本のイラストレータが一緒に音楽制作をしたのかは、
今となってはあまりにも謎が多すぎてよくわからないのだけど、、、、、
とにかく、舞い込んだビッグチャンスに僕としては無い知恵を絞りまくって楽曲を作り上げた。
タイトルは「TYOロック」
これから日本を訪れようとする外国人に向けて、
トンチンカンな東京案内を繰り広げるというラップミュージックだ。
知恵を絞った割に出て来たのがこの程度てのが、もうすでにかなり恥ずかしいのだけど、
それでも、こういう間違った偏見日本紹介ラップが
ニューヨークのデスコとかで流れたりするとそりゃ面白かろうという、ひとつの目論みではあった。
(実際、アメリカ発売される予定だった。残念ながら実現しなかったけど)
そして、その歌詞には、前述のビンボーでパンクな若者だった僕が
違和感を感じながら通った銀座という街のイメージも、多分に織り込まれていたように思う。
「まずは銀座は日本のパリだよ、並ぶガス灯石畳。
行き交う人たちゃシックでオシャレよ
ちょんまげヘッドにカンサイのスーツ。」
と、始まるこの曲、、、。
うーん、やっぱり、かなりハズカシイですね。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
以上が原文。ぜんぜん長いじゃん。
これをチギッては投げチギッては投げて無理矢理押し込んだ200文字拙文、
これが掲載された「クリネタ」2011年冬号(16号)は現在発売中です。
http://www.crineta.jp/
で、そうこうしてる間に次号のアンケートもやって来た。
次号の特集は「経済」とのことで、アンケートは「お金の愚痴を聞かせてください」。
むむむ、、、これも200文字じゃ、
とーてー、収まりそうにないねえー。
長友啓典さんが発行していらっしゃる読むデザイン誌「クリネタ」から、
アンケートに答えるという機会をいただいた。
このアンケートは、毎回出されるひとつのお題に、
各界のソーソーたる人達が答えるという、この雑誌の名物コーナーのひとつで、
豪華なメンツの中に名前を加えさせていただいて、実に光栄なことである。
で、アンケートのお題は「銀座」。
銀座と言って思い出すのは、、、と、
たらたら文章を練ってはみたのだが、、、
ところが、アンケート回答の規定は200文字以内。
ぜーんぜん入りきらなくて、大幅に内容をカットして無理矢理制限字数に押しこみ、先方へと提出した。
さて、その大元の原稿を、このまま闇にホオムルのもナンなので、ここに載録してみることにした。
私にとって「銀座」とは、、、、、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「銀座で思い出したハズかしいラップの話」
若い頃ってのは、ハズカシイことの塊だったりする訳だけど、
銀座と聞いて思い出したそんなハズカシイ話をひとつ。
30年ほど前、
渋谷や新宿あたりの山手線のひだりっ側ばかりで遊んでいた僕にとって、
銀座という街は、ほとんど縁のない所であった。
どちらかと言うと、なんだかカッコ付けた退屈な大人の街、
というのが、僕が持っていた銀座のイメージだった訳だが、
裏を返して言うと、ビンボーでパンクな僕のような若者が
そうやすやすと馴染みになれそうな所ではなかったのだ。
さて、そんな僕が銀座にちょくちょく行くようになったのは、
当時、並木通り6丁目にレコーディングスタジオがあった為か、、、。
漫画家、イラストレータとして仕事を始めて数年、
その頃の僕には音楽制作の仕事というのも、幸運な事にちらほらとあって、
その折によく使わせてもらっていたのが、そのレコーディングスタジオ
「スモーキースタジオ」だったのだ。
(このスタジオはCharのホームグラウンドとして作られた伝説のスタジオ、
残念ながら現在ではもうないらしい)
ヒップホップ黎明期の立役者ビル・ラズウェルのプロデュースで、
日本語ラップ「TYOロック」をレコーディングをしたのも、そのスタジオだった。
なぜに、ニューヨークの大物ミュージシャンと、
名もない日本のイラストレータが一緒に音楽制作をしたのかは、
今となってはあまりにも謎が多すぎてよくわからないのだけど、、、、、
とにかく、舞い込んだビッグチャンスに僕としては無い知恵を絞りまくって楽曲を作り上げた。
タイトルは「TYOロック」
これから日本を訪れようとする外国人に向けて、
トンチンカンな東京案内を繰り広げるというラップミュージックだ。
知恵を絞った割に出て来たのがこの程度てのが、もうすでにかなり恥ずかしいのだけど、
それでも、こういう間違った偏見日本紹介ラップが
ニューヨークのデスコとかで流れたりするとそりゃ面白かろうという、ひとつの目論みではあった。
(実際、アメリカ発売される予定だった。残念ながら実現しなかったけど)
そして、その歌詞には、前述のビンボーでパンクな若者だった僕が
違和感を感じながら通った銀座という街のイメージも、多分に織り込まれていたように思う。
「まずは銀座は日本のパリだよ、並ぶガス灯石畳。
行き交う人たちゃシックでオシャレよ
ちょんまげヘッドにカンサイのスーツ。」
と、始まるこの曲、、、。
うーん、やっぱり、かなりハズカシイですね。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
以上が原文。ぜんぜん長いじゃん。
これをチギッては投げチギッては投げて無理矢理押し込んだ200文字拙文、
これが掲載された「クリネタ」2011年冬号(16号)は現在発売中です。
http://www.crineta.jp/
で、そうこうしてる間に次号のアンケートもやって来た。
次号の特集は「経済」とのことで、アンケートは「お金の愚痴を聞かせてください」。
むむむ、、、これも200文字じゃ、
とーてー、収まりそうにないねえー。
2012/01/22
2012/01/02
新春のご挨拶
2012年、明けましておめでとうございます。
昨年はいろいろありました。
本年が皆様にとって(もちろん我々にとっても)良い年でありますように。
で、今年の年賀状。
図柄は「青鷺男紅葉」。
本年も何卒よろしくお願いします。
昨年はいろいろありました。
本年が皆様にとって(もちろん我々にとっても)良い年でありますように。
で、今年の年賀状。
図柄は「青鷺男紅葉」。
本年も何卒よろしくお願いします。
2011/12/02
12月の思い違い
トップページの画像を更新。
「かがなべて、よにはここのよ、ひにはとをかを」
こうして日々を数えてみると、夜では九夜、日では十日にもなる、、、
みたいな意味か。
語呂がよかったからか、なんとはなくこの句を長いことおぼえていて、
たまに心の中でつぶやいてみたりしていた。
若い頃読んだ詩集で目にしたことがあるような気がしていたので、
てっきり金井美恵子の言葉だと思い込んでいた。
(あやふやな記憶)
恋する乙女が窓辺に佇み、
「ああ、あの人に会えない日々がこうして過ぎてゆく。
もう、夜には九夜、日には十日も経ってしまった、、、。」
みたいなイメージをなんとはなく、頭の中に描きながら、、、。
(いーかげんなイメージ)
でも、全然違ってた。
正しくは日本書紀、ヤマトタケルの歌にかえした歌であるという。
日本武尊(やまとたけるのみこと) が問う
「新治(にひばり)筑波(つくば)を過ぎて 幾夜(いくよ)か寝つる」
御火焼翁(みひたきのおきな)、それに返して
「かがなべて 夜には九夜 日には十日を」
ちなみに、これが連歌の起源とな。
天皇の命令でエゾ制圧に行って来たタケル皇子、
大暴れして帰る道すがら、
「ああ疲れた、やっと新治と筑波(茨城)過ぎたけど、
もお、どんだけたったんだ?」
たき火係のジジイすかさず
「そりゃ親方、九晩十日でさあ」
みたいな感じか。
全然、恋する乙女じゃなかったね。
という事で12月。
ちなみに、上記の歌は、12月とも
てきとうに描いた鳥の絵とも、なんの関係もない。
「かがなべて、よにはここのよ、ひにはとをかを」
こうして日々を数えてみると、夜では九夜、日では十日にもなる、、、
みたいな意味か。
語呂がよかったからか、なんとはなくこの句を長いことおぼえていて、
たまに心の中でつぶやいてみたりしていた。
若い頃読んだ詩集で目にしたことがあるような気がしていたので、
てっきり金井美恵子の言葉だと思い込んでいた。
(あやふやな記憶)
恋する乙女が窓辺に佇み、
「ああ、あの人に会えない日々がこうして過ぎてゆく。
もう、夜には九夜、日には十日も経ってしまった、、、。」
みたいなイメージをなんとはなく、頭の中に描きながら、、、。
(いーかげんなイメージ)
でも、全然違ってた。
正しくは日本書紀、ヤマトタケルの歌にかえした歌であるという。
日本武尊(やまとたけるのみこと) が問う
「新治(にひばり)筑波(つくば)を過ぎて 幾夜(いくよ)か寝つる」
御火焼翁(みひたきのおきな)、それに返して
「かがなべて 夜には九夜 日には十日を」
ちなみに、これが連歌の起源とな。
天皇の命令でエゾ制圧に行って来たタケル皇子、
大暴れして帰る道すがら、
「ああ疲れた、やっと新治と筑波(茨城)過ぎたけど、
もお、どんだけたったんだ?」
たき火係のジジイすかさず
「そりゃ親方、九晩十日でさあ」
みたいな感じか。
全然、恋する乙女じゃなかったね。
という事で12月。
ちなみに、上記の歌は、12月とも
てきとうに描いた鳥の絵とも、なんの関係もない。
2011/11/22
ありがとう Keith kenniff
テレビを見ていたら、CMから聞き慣れた音楽が流れ出してきてはっとした。
驚いたのは、それがKeith kenniffの「Goldengrove v2」だったからだ。
この曲はKeith kenniffが今年の1月頃ネットで発表した曲(SoundCloudで公開した)。
1分半くらいと短い曲ながらも、マイケル・ナイマンや
フィリップ・グラスを可愛らしくした感じの曲調で、
またヤン・ティルセン(アメリ!)もばっちりと彷彿とさせ、
この手の叙情派ミニマル音楽が好きな人にとっては、たまらない出来上がりとなっている。
広告の主はiPhone4sだ。
アップルのCM音楽のセンスがいいのは、今に始まった話ではないが
それでもKeith kenniffの起用にはちょっとドキドキしてしまった。
元の曲はこちら。
Orchestral - "Goldengrove v2" by unseenmusic
Keith kenniffはアメリカ、ポートランドのエレクトロニカ系ミュージシャン。
様々な名義やユニットを使い分け、多才な音楽作品を生み出し続けている。
アンビエント感ただようエレクトロニックサウンドのHelios名義が一番有名か。
他に、ポスト・クラシカルのフィールドに入るであろうシンプルなピアノ作品を生み出すGoldmund。
奥さんのHollie Kenniffと組んだMint Julepでは、
彼女のボーカルをフィーチャーしたシューゲイザー的エレクトロポップ。
また、Keith kenniff本名ではサウンドトラックなども手がけている。
実に多才ですね。
さて、Keith kenniffと言えば忘れてはならないのが、
今年6月に発売されたコンピレーションアルバム「For Nihon」だ。
彼は3月11日の日本での地震直後、すぐさま「Nihon」というピアノ曲をネットで発表し、
世界に震災への支援を広く呼びかけた。
これだけても素晴らしいのだが、
さらに彼は妻のHollieと共に様々なミュージシャンに呼びかけ、
このコンピレーション「For Nihon」を完成させ、まずネット配信、それからCDでの発売を行った。
参加したミュージシャンは世界中のアンビエント、エレクトロニカ、ポスト・クラシカルの音楽家達38組、
Rhian Sheehan、Dustin O'Halloran、Ryuichi Sakamoto、Max Richter、
Olafur Arnalds、Peter Broderick、Alva Noto、、、等など。
もちろん、Keith kenniff自身も前述の様々な名義で参加している。
このアルバムの収益金は、ニューヨークに設立されたNPOジャパン・ソサエティーの
Japan Earthquake Relief Fundに100%寄付される、とのこと。
震災のチャリティーで出来上がったというのが、なんとも皮肉ではあるが、
それにしても、この「For Nihon」
文句なしに素晴らしいコンピレーションアルバムである。
どの曲もどの曲も、
あたたかく、やさしく、そして美しい、、、。
ありがとう。Keith kenniff。
驚いたのは、それがKeith kenniffの「Goldengrove v2」だったからだ。
この曲はKeith kenniffが今年の1月頃ネットで発表した曲(SoundCloudで公開した)。
1分半くらいと短い曲ながらも、マイケル・ナイマンや
フィリップ・グラスを可愛らしくした感じの曲調で、
またヤン・ティルセン(アメリ!)もばっちりと彷彿とさせ、
この手の叙情派ミニマル音楽が好きな人にとっては、たまらない出来上がりとなっている。
広告の主はiPhone4sだ。
アップルのCM音楽のセンスがいいのは、今に始まった話ではないが
それでもKeith kenniffの起用にはちょっとドキドキしてしまった。
元の曲はこちら。
Orchestral - "Goldengrove v2" by unseenmusic
Keith kenniffはアメリカ、ポートランドのエレクトロニカ系ミュージシャン。
様々な名義やユニットを使い分け、多才な音楽作品を生み出し続けている。
アンビエント感ただようエレクトロニックサウンドのHelios名義が一番有名か。
他に、ポスト・クラシカルのフィールドに入るであろうシンプルなピアノ作品を生み出すGoldmund。
奥さんのHollie Kenniffと組んだMint Julepでは、
彼女のボーカルをフィーチャーしたシューゲイザー的エレクトロポップ。
また、Keith kenniff本名ではサウンドトラックなども手がけている。
実に多才ですね。
さて、Keith kenniffと言えば忘れてはならないのが、
今年6月に発売されたコンピレーションアルバム「For Nihon」だ。
彼は3月11日の日本での地震直後、すぐさま「Nihon」というピアノ曲をネットで発表し、
世界に震災への支援を広く呼びかけた。
これだけても素晴らしいのだが、
さらに彼は妻のHollieと共に様々なミュージシャンに呼びかけ、
このコンピレーション「For Nihon」を完成させ、まずネット配信、それからCDでの発売を行った。
参加したミュージシャンは世界中のアンビエント、エレクトロニカ、ポスト・クラシカルの音楽家達38組、
Rhian Sheehan、Dustin O'Halloran、Ryuichi Sakamoto、Max Richter、
Olafur Arnalds、Peter Broderick、Alva Noto、、、等など。
もちろん、Keith kenniff自身も前述の様々な名義で参加している。
このアルバムの収益金は、ニューヨークに設立されたNPOジャパン・ソサエティーの
Japan Earthquake Relief Fundに100%寄付される、とのこと。
震災のチャリティーで出来上がったというのが、なんとも皮肉ではあるが、
それにしても、この「For Nihon」
文句なしに素晴らしいコンピレーションアルバムである。
どの曲もどの曲も、
あたたかく、やさしく、そして美しい、、、。
ありがとう。Keith kenniff。
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