2015/05/09

空飛ぶクジラ

偶然、こんなアプリを発見してしまいビックリ。


なんでもiPhoneにインストールして、空にかざすと
うにょうにょと泳ぎまわるクジラが出現する模様。

こんな感じらしい。



動画で見てみると、こんな感じ…。
うひょー、こりゃ面白そうだなあー。


無料版があったので、早速インストールして試してみる。
庭先から空を眺めると、空の上を数匹のくじら達がゆったりと、
転じて部屋の中を映してみると、椅子の上でうたた寝する猫の頭上を
ぬぼおーとクジラが横切って行く。

空を見上げ、ぼんやり海の底気分を味わったり、
シャッターチャンスを狙い撮った写真を保存したりと、
しばしの間、楽しませてもらいました。


その昔、こんなマンガを描いていた僕としては
ちょっと見逃せなかった、という訳です。 

このマンガ、「Modern Detective Story」の第2話「夜の鯨」について書いたブログはこちら

ここから、「夜の鯨」を読むことも出来ますよ(無料)。

2015/05/04

九十九里観光

ゴールデンウィークの中日、憲法記念日。
ちょっとした観光に出かける。

とりあえず九十九里をひたすら北上。

東金の骨董市を冷やかし

この時期見頃のヤマフジにうっとり

山武の道の駅で、いわし丼をがっつり

そして九十九里浜海辺(真ん中あたり)を散歩、のんびり…

さてさて、まだこれで本日の前半戦。
この後更に北上し、北東の果て、銚子まで辿り着く。
太平洋を一望する丘の上でぐるりと海を眺め、
その後はたっぷり温泉。
帰りには、旭の超コストパフォーマンス高しの焼き肉居酒屋でお腹いっぱい!

と、実に盛りだくさんの一日で、九十九里を堪能しました。

2015/05/02

Sketch(untitled)

3枚のスケッチ、
きっと10年くらい前に描いたもの。



2015/04/30

BAR MAQUÓ 本年のグッズ

一昨日お伝えしたように、4月29日に開店4周年を迎えた神楽坂のスペインバル「 BAR MAQUÓ(バルマコ)」。
うちが毎年作らせていただいてる開店記念のプレミアムグッズ。
さて、今年のグッズは?
じゃーん、今年はステッカーでしたペタ。
3枚のステッカーが1シートになってますペタ。

ちなみに、これ、コンビニで配られてた妖怪ウォッチのステッカーシートを見て
「こりゃいいや」と思いついたネタでペタ。

Gracias a todos!(皆さん、ありがとう!)
 4゜aniversario del BAR MAQUÓ (バルマコ4周年)

4゜Aniversario

Cumplimos 4 Años(4周年記念) ¡Mil Gracias! 
ちなみにコレ、「Mil Gracias」は「千回のありがとう」
つまり最上級の感謝、という意味とのこと。
シャレた言い回しですね。

2015/04/28

BAR MAQUÓ 4周年

神楽坂のスペインバル「BAR MAQUÓ(バルマコ)」が明日4月29日で、開店4周年を迎える。
イラテックでは、その開店当初からロゴデザイン、ショップカード、ショップサイン、Web制作等、
いわゆるショップ・ブランディングを担当させてもらってます。

祝4周年!




で、BAR MAQUÓオーナーシェフ、今村真氏の依頼を受け、
毎年、開店の記念品を制作している。
出来上がった記念品は常連さんにお配りしたりして、喜んでもらってるようです。

こちらは、歴代の記念品。
2年目の「缶バッジ」、3年目の「手ぬぐい」。

毎年、今年は何を作ろうかと考えるのは、なかなか楽しい作業です。



さて、今年はなんでしょうか?

2015/04/27

黄色い花

この家に移り住んでから早いもので5度目の春。

東京の暮らしでは考えられなかったが
土地がまだふんだんにあるこの辺りに相応しく、
この古家にも先の住人が残した100坪ほどの庭がついていて
そのおかげで庭のある生活を堪能させてもらっている。

さて、先の住人は黄色い花が好きだったのか… 、
この季節には、
黄色い花たちがリレーのように咲き続ける。

まず、
まだまだ寒さが残る庭に一番乗りで咲き始めるのが蝋梅。
しばらく間があって、桜の季節になってくるとレンギョウが咲き始める。
時を同じくして黄梅も咲く。
そして、満を持して山吹が咲く。

一口に黄色と言っても、
それぞれに違う、それぞれの黄色だ。

蝋梅の黄色は、ちょっとくすんだ黄色。
花びらは微妙な不透明さを持っていて、
それが蝋細工の花に見えるのがその名の由来。
レンギョウは明るい黄色。
黄梅も同じく明るい黄色だが、
細い花がびっしりと咲くレンギョウと違い、やさしく、絵に描いたような花びらの形。
よって、その黄色は、なんとはなしに柔らかい気がする。

山吹の黄色は、ヤマブキ色というだけの事あって濃い黄色。
力強い黃色に説得力がある。
そして、なにより葉の明るい緑色とのコントラストが、とてもさわやかで気持ちいい。

さて、そんな山吹の盛りもそろそろ過ぎたようだ。
これで、うちの庭の黄色い花リレーも、とりあえず一段落。


リレーのアンカーは、秋の金木犀までおあずけ。


2015/03/23

Deaf Schoolと葡萄畑の話


長生きはしてみるもんだ、とつくづく思う。
びっくりしちゃうよね、こんな事が起きるなんて…。

もう一週間以上も前の話になるけど14日の土曜日、
旧友あおちゃんから去年、その話を聞いて以来、
ずーっと心待ちにしていた「Deaf School」のライブに出かけてきた。
3年前にも来日公演をはたしていたらしいが、その時は残念ながら情報を掴めず見逃してしまっていた。
しかし、今回は見逃さないよ。
それになにより、今回のライブのオープニングアクトを務めるのは他でもない、
あおちゃん率いるスペシャル再編成の「葡萄畑」なのだった。
これは何を置いても、見にいかざるを得まい。

スペシャル編成の「葡萄畑」は、あおちゃんの現在のバンド「BANDA PLANETARIO」との混合メンバー。

Deaf Schoolと葡萄畑の話を少し…。

今から40年近く前の話、
まだまだマンガやイラストの仕事を始めていなかった二十歳すぎの僕は、
その頃、新宿の輸入レコード屋さんでアルバイトをしていた。
HMVやタワーレコードといった大型店が出現する以前、
輸入レコードってのはまだまだマニアックなもので、
当時の輸入レコード屋さんは、ちょっと独特の文化圏を形成して、
音楽に敏感な最先端人間の情報交換場所であったり、
ニッチな音楽オタクの避難場所であったりした。
つまり、音楽好きの僕にとっては、
これはもう実に夢の様な職場で(給料が安いのが玉にキズだけど)、
そして、そこで出会った人やモノや出来事は
その後の人生の大いなる糧となってくれたのだった。

そのお店にお客さんとして来ていたあおちゃん、
バンド「葡萄畑」のボーカル青木和義氏と知り合えたのも
その大いなる糧の最たるものだと思う。

僕としては、高校生時代に葡萄畑のライブを見たこともあるし
(その時は小阪忠のバッキングバンドだった)
今野雄二氏がMCを務めていたテレビ音楽番組「NOK」に葡萄が出演していた事もあって
あおちゃんはまさに憧れの存在だった。

セイラーや10cc、スパークスやロキシーといった
一癖も二癖もあるポップミュージックが好き、という共通の趣味のお陰で、
あおちゃんとは親しくなっていったのだと思うのだが、
そのきっかけは何と言っても、
「Deaf School」だったと記憶している。

「Deaf School」は1976年に登場したリバプール出身のバンド。
アート・スクール出身、
シニカルでひねくれたポップ感覚、
男女混合の大所帯編成が繰り広げる多彩な楽曲、
映画のワンシーンを思わせるドラマ仕立ての展開、
そんな……、ブリティッシュポップ…。
前述の趣向を持つ人間として、このバンドが好きにならない訳がない。
彼らのファースト・アルバム「Second Honeymoon」は、
あっという間に当時の僕のお気に入りの一枚になっていた。


しかーし、
上には上がいるもので、
レコード屋さんのカウンター越しにあおちゃんこと青木さん曰く
「いいよね、デフ・スクール
 だから早速彼らに手紙を書いたんだよ。
 すると向こうから返事が来てさ、
 せっかくだから、日本でファンクラブを作ろうという事になって、
 君も入る?
 デフ・スクール・ファンクラブ」

なんせ古い話なもんで、記憶違いによる相当の脚色はあるものの
たぶんこんなやりとりがなされたのではないかと思う。

あおちゃんの横には、当時美術大学生だったS君(後のスージー甘金氏)がいて
あおちゃんに頼まれて作ったデフ・スクール・ファンクラブ・バッジを
カウンター越しに僕にも差し出してくれたのだった。

のではないかと思う、、、。

これがその時のバッジ(画像はあおちゃん提供)

さて、そんなこんながあり結成されたデフ・スクール・ファンクラブも、
たいした活動をするでもなく、
会員バッジを作っただけで、時の狭間に忘れられていった。

当のデフ・スクールも、
その後起こったパンク、ニューウェイブの荒波にもまれながら
「Don't Stop the World」「English Boys / Working Girls」と全部で三枚のアルバムを出したものの、
それらが大してヒットするでもなく、1978年にはなんとなく解散してしまったようだった。

しかし、そのデフ・スクール・ファンクラブをきっかけに始まった
あおちゃんとのお付き合いはそれからも続き、
氏にはその後も、ほんと、いろいろな事を教わる事になる。
フェリー二の映画、ニーノ・ロータの音楽の素晴らしさ…、
一緒に行った京橋フィルムセンターで見たアラン・レネの「夜と霧」「去年マリエンバートで」…、
ニュージーランドのバンド、スプリット・エンズの楽しさ…、
数え上げればきりがない。

それだけではなく、
あおちゃんが葡萄畑解散後に結成したテクノバンドにメンバーとして加えていただき、
「渋谷ジァン・ジァン」でマンスリーライブを行ったりした。
そのバンド解散後、ポリドールのディレクターとなったあおちゃんのお仕事
「今野雄二さんプロデュース/ANYWAYS」のジャケットワークをやらしてもらったり…もした。
その後も、、、、エトセトラ、エトセトラ。
ほんと、いろいろとお世話になったなぁー…と、あらためて感じる。


さて時はめぐり、話はもどる。

件のデフ・スクールさん、
ちっとも知らなかったが、彼らは10年ほど前に再結成を果たし
現在も継続的にライブ活動を行っている様子。
で、その二度目の来日公演が先日のライブだった訳である。

そして、そのフロントアクトに、あろうことか葡萄畑!

僕としては、この奇妙な偶然というか
時を経た必然というか、、、
そんなものに心踊らせられないわけがない。

決して広くない高円寺のライブハウス、
そこで繰り広げられる「葡萄畑」と「Deaf School」の共演に
その素晴らしい演奏に、
僕は只々胸を熱くしてステージを見つめるのだった。
長生きはしてみるもんだね。
びっくりしちゃうよね、こんな事が起きるなんて、ったく…。

ライブ後、Bette Bright、Enrico Cadillacと一緒に写真撮ってもらったりして…


ちなみに、これは1977年の葡萄畑、
前述のテレビ番組「NOK」でのライブ。

こっちは同じく1977年のデフ・スクール「What a way to end it all」
やっぱり、かなり通じるものがありますね。


葡萄畑に関する記事はこちらにもあります。

葡萄畑の夜(2009/10/28)

葡萄畑 プレゼンツ BANDA PLANETARIO(2009/12/26)

2015/03/13

初ウグイス


本日近隣こぞっての農作業。
夕刻前に終わり、酒盛りの後、家に帰って風呂に入っていると、、、、。

今年初めてのウグイスの声を聞く。

「ほーほかきょ?」
「ほーききけ?」
「ほー……、えーとえーと」

毎年、この時期の鶯の最初の鳴き声は、自信なさげで、すごく心もとないもので、
耳にする度、つい笑ってしまう。
これ、ほんと。

「ほーけけけ? だっけ?」

みなさーん、もうすぐ春ですよおー!
と、彼は言っている、、、、
と、僕は思う。

2015/02/13

「赤い髪の少女」(1983)


80年代作品発掘中に見つけた作品。
Acrylic on Canvas(1983…たぶん)。

マンガ単行本「地図と記号」制作時に描きおこしていた一連の作品の一枚。

2015/02/09

虎と少女(1983)

本日よりちょっと、80年台作品発掘作業。
というのも、ある人よりある事を頼まれての
実に楽しいお仕事なんだけど、詳しい事はいずれご報告するとして…。

70年代後半から80年代にかけては、
パンクでニューウェーブな絵をいっぱい描いたが、
80年台の初頭、しばらく滞在したニューヨーク体験以後は、
なぜかエスニックでオリエンタルな絵を描く事が多くなった。

キース・ヘリングやケニー・シャーフを目の当たりにした後での、
自分が描くべきなのはコレだという、若気のほとばしりであった事には間違いない。

で、とにかく
今回発掘するのは、このあたりの作品。
とりあえず探し始めたらこんなん出てきました…
この絵もその当時の、レコードジャケット用に描いた作品「虎と少女」。

どんな絵が出てきて、
今回どう活躍するかは、追ってご報告します。

乞うご期待。